朝練を終えて、仁王と教室を目指す。教室に着くなり、朝っぱらから元気な鶴見が俺の元へと駆け寄ってきた。
「へーい、丸井!昨日はどうもー」
「おーう」
「なあなあ、由紀子がさあ、お前と前に会ったことあるんだってよ」
「由紀子?」
あまり聞きなれない名前に頭を捻って、ああ、昨日のあの子か、と思い出す。
「会ったことあるっけ…」
「ははっ、まあ、忘れても仕方ねぇよ。あいつ色々普通すぎて印象に残んないだろ?可愛いわけでもないし、スタイル良いわけでもないし、学校も違うしな」
それから鶴見は、思い出話を聞かせるように、俺とあの子が会った日のことを話し出した。夏の大会、ぶつかった女の子、見知らぬ制服、印象に残らないような、普通な子。
「…ああー。そんなことあったかも」
「ははっ、思い出してくれた?あいつも報われるな」
そんなに詳細まで憶えてるってことは、そういうことだよな。でもあの緊張したしおらしい感じはあんまり俺の好みじゃない。紹介とか言い出すなよ、と鶴見を睨むと、きょとん、とした顔から一変、腹を抱えて笑い出した。
「おまっ!アイドルか何か!?さっすがモテる男は言うことが違うねぇ!」
「はぁ!?」
「あいつ言ってたよ。『何あの髪の色。丸井君ってヤンキーか何かなの?私緊張のあまり息出来なかったんだけど。殺す気?』って」
次に唖然として息が出来なくなったのは、俺。キャラ違いすぎんだろぃ!
04:彼は彼女を思い出す
俺のことを第一印象で好きだという奴は大勢いた。鶴見の言うように、まるで俺達がアイドルか何かのように接してくる女も沢山。そりゃ、最初は素直に自分がモテていることが嬉しかったし、持て囃されるのも悪い気はしなかった。でもそれは最初だけで、毎月のように呼び出しがかかることで、次第に面倒だと思うようになっていった。もちろん呼び出しをばっくれたりすることはないが、いつもギャーギャー騒いでるくせに、目の前でもじもじしながらなかなか口を開こうとしない女もいて、それに苛ついてばっさり切り捨てたりもした。
そんなこんなで、ミーハーというか、顔だけ見てギャーギャー騒ぐような女を、俺や俺以外のテニス部は、面倒を通り越して嫌悪するようになっていった。
だから、昨日の彼女も、俺は無意識に嫌悪していたのかもしれない。
「戸田、ちゃんだっけ?」
「おう、?」
ただの鶴見の話題の一環を、紹介だと考えた自分が恥ずかしくて仕方ない。それだけ驕ってるってことだ。
「なかなか言うな」
「ははっ、普通だろ?」
「お前ちゃんとヤンキーじゃねぇって言ったか?」
「それはどうかなぁ?」
とぼける鶴見の足を軽く蹴る。大袈裟に飛び跳ねた鶴見はそのまま自分の席に逃げていった。前を向くと、仁王が後ろを向いて俺の机に肘をついた。
「ブンちゃんキモイ。何にやけとるん」
「は、」
「いいことでもあった?」
「んーにゃ。ただ、」
"普通"の子と知り合ったってだけ。
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