あの派手な赤い髪には見覚えがあった。夏の暑い暑いとある日、ぶつかった彼。くりんと大きな瞳と、綺麗に整った顔立ち。芥子色のジャージと手に持ったラケット。あのときの情景が今も目に浮かぶ。



03:彼女は彼を知る



母親と一緒に作った料理を、お皿に盛り付けていく。高校卒業後はすぐに働きたい意思のある私は、一人で暮らしても大丈夫なように、中学生に上がってから本格的に母親に料理を習うようになった。

「手際も良くなってきたね」

「そうかな!」

頭を撫でられて、この歳になって、とも思うが素直に嬉しい。中学二年生なんて、まだこどもだよね。お盆に隣の幼馴染の為の品を並べて、母親に断りを入れてから家を出た。お盆を落とさないように気をつけながらどうにかチャイムを押す。

ピンポーンと間の抜けた音が扉の向こうから聞こえてきて、暫くしてからどたばたと慌しい足音が近付いてきた。足音の割りにゆっくりと開く扉に、違和感を覚える。
ガチャ、と遠慮がちに開いた扉の向こう側には、幼馴染ではなく、赤い髪の男の人が立っていた。

二人の間に気まずい沈黙が下りる。私はその間、この赤い髪であの暑い夏の日のことを思い出していた。いけない、と意識を現実に戻して、意を決して口を開く。

「…洸ちゃん、いますか?」

「こうちゃん?」

「鶴見洸季…」

「あ、わり、鶴見な。あいつ部屋で寝てて、ちょっと待って」

またどたばたと走っていく彼を見送り、ドアが閉まった瞬間にぶはーと息が出てきたことで、自分がなぜか緊張していたことに気がついた。情けないほど掠れた声。そして今度は二人分の軽い足音が聞こえてきて、幼馴染がひょいと顔を出す。

「おー、やっぱ由紀子か。いつも申し訳ない。さんきゅー」

「あ、洸ちゃん!今日おばさんいないって言ってたからさ。お友達来てんのに何かごめんね」

幼馴染の前では流石に緊張することはなく、すらすら出てくる言葉と声に、自分でも驚いた。そして、珍しいものを見るように私を見る彼に気がついて、また息がつまる。何か言わなきゃと考えて、しどろもどろになりながら言葉を吐いた。

「あの、さっきはありがとう、ございます…」

「あれ、なに?緊張してんの?あ、丸井、こいつ隣に住んでる俺の幼馴染の由紀子。あ、同い年だぜ?」

幼馴染の紹介に、一瞬困惑するものの、小さく頭を下げる。

「…えー…と、戸田由紀子です」

「丸井ブン太。シクヨロ」

「、よろしく?」

丸井君、丸井君ていうのか。ぶんた、って珍しい。シクヨロって、シクヨロって、何。

「じゃあ、晩飯ありがとな。後でまた来いよ。こないだ言ってたCDかしてやる」

「マジ!?ありがっとー!」

洸ちゃんの言葉に飛び跳ねてからはっとする。物忘れが激しいことと周りが見えなくなるのが私の悪いところだ。鳥頭か私は。軽く絶望しながら、じゃあ、とその場から逃げた。










家族とご飯を食べてから、洸ちゃんの家へと向かう。まだおばさんたちは帰ってないらしい。見慣れた洸ちゃんの部屋に入って、勝手にベッドに座る。洸ちゃんは目的のCDを私に手渡して、にやっと笑った。

「何その顔。キモイ」

「由紀子今日、柄にもなく緊張してたろ。丸井見て」

「っ、してないし!」

「相変わらずわかりやすくていいなあお前は」

けらけら笑いながら私の頭を撫でる洸ちゃんの手を振り払う。

「私ね、丸井君に会ったことある」

そしてあの夏の日のことを、幼馴染に語った。







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