「由紀子って数学得意だったよな?」

ある日の夜、洸ちゃんにそう聞かれて、うん、まあ、とちょっと曖昧に返す。確かに国語、数学、英語、社会、理科の5教科の中では1番点数もいいけれど、うん。私の得意もそんなにいいわけではないし…。

「ちょっと明日勉強見て欲しいんだよね」

「え、私教えられるかな」

「大丈夫だって。お前普通に頭いいし」

いや、言うほど良くないってば。ニカッと笑う洸ちゃんに、ふう、と小さくため息をついた。



10:彼女は気付かないフリをする



「で、教えるってまさかの丸井君に?」

「戸田ちゃんわりい。俺国語は大丈夫なんだけど理数系ってどうも駄目でさぁ」

「と、いうわけだ」

何で洸ちゃんが頷いてるのかは知らないけど、丸井君ってなんとなく理数っぽい感じがしてたから意外だった。文系なんだ。ちょっと驚き。

「でも立海になら私より頭いい人いっぱい居るんじゃ…」

「やー、それが周り結構成績いい奴多いんだけど、1個下の後輩がてんで駄目でそっちにかかりっきりなんだよぃ」

「そうなんだ」

「そうそう、赤点取るとその分補習になったりして部活の時間減っちゃうじゃん?だから是が非でも回避したいんだよねー」

「ほんとにテニス好きなんだね」

「まあな!」

にかっと笑う丸井君に、なんだかドキッとする。なんだろう。気付かないフリをして洸ちゃんの家で机をはさんで向き合った。

「で、この式にさっきの解を代入すると、」

「あ!そうかなるほど!戸田ちゃんあったまいー!」

「いやいや、そんなことないよ」

「謙遜してるけど由紀子成績良いんだよな」

「本当に普通だって…」

成績もよくなったり悪かったりの浮き沈みがないだけで、別段いいわけではない。平均より少し上なだけで、普通なのだ。

「俺の家庭教師になってもらおっかなー」

丸井君の部屋で二人きりで勉強する姿が急に頭に浮かんで、心臓がまたびっくりしている。何言ってるのーと笑うのが精一杯の誤魔化しだった。








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