後日、私は幼馴染に呼び出されて、隣の家のチャイムを鳴らした。

ガチャ、と開いたドアから顔を覗かせたのは、私を呼び出した張本人、ではなく、赤い髪の彼だった。



05:彼女の誤解



「え、あ、すいません、洸ちゃんに呼ばれて、来たんです、けど…お、お邪魔しました!」

「待て!」

「へぁい!」

自分の顔から血の気が引いていくのがわかり、そのまま自分の家に避難しようとした瞬間、大声で呼び止められる。変な返事をしてしまい、震える体で何とか後ろを振り向くと、頬をかいて苦笑いを浮かべる彼がいた。

「あー、と…邪魔じゃ、ないから。つーか、邪魔してるのは俺だし。だからその、俺のことは気にせず上がってくれ、って鶴見が…」

ぎこちなく喋る彼に、息を吐いて恐る恐る近付く。すると、ぶふっと吹き出されてしまった。何がなんだかわからなくて呆気にとられる。

「わ、わりぃ。なんか変な生き物に見えた」

「うえぇ…」

ははは、と思ったより爽やかに笑う丸井君に、なんとなく可愛いな、と思った。見た目(髪の色)だけで判断するのは流石に失礼だったかもしれない。

「…私、丸井君のこと誤解してたかも。洸ちゃんお喋りだからどうせもう伝わってるんでしょ?ごめんね、ヤンキーなんて失礼なこと言って」

「全然気にしてねぇよぃ」

にかっと笑う丸井君はやっぱりいい人だったようだ。

「よく言われるしな」

でしょうね。太陽に反射して更に明るい赤い髪。こんな髪色じゃ、かくれんぼの時とか不利だな。でも、迷子にはならなくていいかも。こんなやり取りを玄関先でやってても不毛なので、とにかく洸ちゃんの家に上がる事にした。

「仲良くなれたようで安心したぜー」

リビングに着くなり、洸ちゃんがこちらをにやにや見ながらそう言ってきた。別に仲良くはなってないと思うけど。知らない人から知り合いになった程度だ。それに何で私ここに呼ばれたんだろう。とりあえず遠慮なくソファに座って、洸ちゃんがすでに用意していたらしいお茶を飲む。おいしい。

「由紀子さ、美術部じゃん?んで、今度は躍動感のある絵が描きたいって言ってたじゃん?」

まったりくつろいでいると、洸ちゃんが急にそんな話を始めた。丸井君はこちらにちらっと視線を寄越して、へー、なんて気の抜けた返事をしている。

「え、うん、そうだね。それが?急にどうしたの?」

「丸井な、テニス部なんだよ」

「…うん、前大会で見たから知ってるけど」

「そうだった。だからお前さ、丸井のことモデルにしたら?」

「「はあ!?」」

思わず丸井君と叫ぶ。いや、だって、意味わかんないし。

「なんでわざわざ?学校も違うのに…」

「そういや戸田ちゃんってどこ通ってんの?」

丸井君に突然名前を呼ばれ一瞬たじろいだものの、立海とそう遠くない、市立中学校の名前を挙げる。

「戸田ちゃんは立海に来なかったんだな」

「うん、まあ、うちに私立にいけるようなお金ないしね。推薦がとれるほどの頭も美術の腕もないし」

「んな事ねーと思うんだけどなぁ」

洸ちゃんがそうフォローしてくれるものの、そんな事しかないよ、と変に卑屈になってしまう。美術のことになるといつもそうだ。

「立海は広くてすごいよね。流石私立って感じ!私も一度くらいはあんな綺麗な学校に通ってみたいなぁ」

お金をかけているだけあってやっぱり立海は規模が違う。校舎も綺麗で大きいし、校庭の広さも半端じゃないし、とにかく敷地面積が桁違い。そう言う私をじっと見ていた丸井君が、にやりと笑う。

「じゃあ戸田ちゃん、俺のこと描きに通ったら?」

「え!?」

たぶん今の私は相当すごい顔をしていると思う。その証拠に丸井君が爆笑している。鼻の付け根に寄せたしわを指で収めながらむすっとする。からかわれただけだよ、もう。

「じゃあ、明日も放課後練習あっから。待ってるぜ」

「え!?冗談でしょ!」

「えー、本気だぜぃ?かっこよく描いてくれよぃ!」

うそうそ、コレで本当に行ったら絶対笑いものでしょ。でも本当に本気で言っているのなら行かないのはかわいそう、可哀想なのか?一人で百面相していると、洸ちゃんが「じゃあさ」と切り出した。

「学校に行くのは部外者だし手続きとか色々あっから面倒だし、ということで今度の試合にしたら?」

「それなら土日だし何も予定なければ適当に来て気軽に描けるな!ちょうど土曜が練習試合だから近くの総合運動場であるぜぃ」

「えー、なんか勝手に話進んでるけど…」

「由紀子何か予定あんの?」

「…なんもないけど…」

「じゃあ俺も部活朝練だけで午後休みだしさ、一緒に行こうぜ。丸井の応援兼ねて」

洸ちゃんが行くならまあ、いいかなぁ。と曖昧な返事をすると、丸井君は満足そうに頷いた。今度の土曜日はテニス観戦に決まった。否、決められた。







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