「戸田、お前好きな男でもできたのか」

美術部顧問の美術の先生が、私の見せた課題の絵を見て突然そんなことを言った。




14:彼と彼女は似たもの同士




「んえええええ!何それ!いきなり何ですか!?」

「絵の表現がえらくきらきらしてる」

そんなことまでわかるんですか美術の先生は。確かに先生は個展などを開くような、ちょっと有名な先生だ。でもそんなにわかる?たぶん素人目には見えない何かが先生には見えているんだな。私が叫んだからか、同じ美術部の皆がくすくすと笑っている。

「………できてません」

「そういうことにしといてやろう」

すぐに浮かべた赤い髪を振り払うように頭を振って否定すると、先生はニヤニヤと笑った。そして見せた絵の改善点を数点指摘される。はあ、なるほど。

「まあでも、いい傾向でもあると思うぞ」

「え?」

「なんというか、これまでより表現が堂々としてるしな。土の中にいたモグラが、やっと日の元に出てきたような感じだ」

「…モグラってまぶしすぎると死んじゃうんじゃなかったでした?」

「…そうだったか?」

つまり、私は丸井君の眩しさで死んじゃうと?

なんて、考えてからハッとする。いつも何かあるたびに丸井君のことばかり。しかも私は丸井君の事を太陽か何かだと思っているらしい。そうなると、私と丸井君は相容れない存在?

そういえば、練習試合のとき。ギャラリーには、練習試合にも関わらず沢山の女の子がいた。彼女たちはみんな制服だったけれど、可愛らしく身なりを整えて、黄色い声を上げていた。たくさん丸井君を呼ぶ声も聞こえたな。ああ、そっか、なるほど。ただのプレイへの歓声じゃなかったんだ、あれ。なんだか、少し胸のあたりが重い。そういえば、聞いてなかったけど丸井君て、彼女とかいるのかな。もしいるんだったら私、この間二人で出かけたりなんてしてはいけないことをしたんじゃ……?




「洸ちゃん!」

「おわっ!なんだ由紀子来てたのか」

洸ちゃんの部屋で彼を待ち伏せていると、聞きなれた声と階段を上ってくる音がした。部屋のドアが開いた瞬間に洸ちゃんに飛びついて叫んだ。

「丸井君て彼女いるの!?」

一瞬ぽかんとした洸ちゃんは、ブフッと吹き出して笑った。

「それ聞くために待ってたのかよ!本人に聞けばよくね?」

「駄目だよ!私、丸井君に彼女が居たら、沢山沢山謝らないと!」

「落ち着け落ち着け」

どうどう、と、私をベッドに座らせて、洸ちゃんは肩にかけていたバッグを所定の位置に置く。そして私の後ろのベッドにどーんとダイブすると、仰向けに寝転がった。

「あいつ、軽そうに見えるだろ。けど大切な人は大切にする奴なんだよ。意外と。だから彼女がいるのに他の女と二人っきりで遊びに行ったり、とか、そんな事するような奴じゃあない」

「じゃあ、いないんだね?」

「おう。俺の知る限りいないはず」

「………はああ。よかったー…」

脱力して、そのまま後ろに倒れる。洸ちゃんのお腹を枕にして、ふーと息を吐いた。

「丸井君てすごくモテるでしょ」

「そうだなあ、あいつらテニス部はアイドル集団だからなー」

「…やっぱりそうなんだあ」

「丸井のこと気になるの?」

洸ちゃんの質問にドキッと胸が鳴る。でもこの幼馴染には隠し事なんてしても意味がないし、したくない。それにこの質問は、私の気持ちの整理をつけるものでもある気がして、誤魔化したくない、と思った。

「…はあ、うん。私、丸井君の事が気になってる。まだ好きかどうかなんてわかんないよ?出会ったばっかりだし、変なのはわかってる。だけど、丸井君の全てに一喜一憂してしまう私がいるの」

黙って聞いていた洸ちゃんは、また突然ふはっと笑い出した。何笑ってるの?って聞いたけど、教えてくれなかった。

「似たもの同士気が合うんだな」

「何か言った?」

「なーんも!独り言!」

洸ちゃんがぼそりとつぶやいた言葉は聞き取れなかったけど、私の心中は穏やかだった。気になる。丸井君が気になる。しっかり自覚してしまえば、すっきりと腑に落ちた感じがして、心が軽くなった。








back