テストがひと段落着いてほっとして、じゃあ絵でも描こうかと思っていた頃、丸井君から連絡が入った。
「戸田ちゃんケーキ好き?」
好きか嫌いかといわれれば好きだ。甘いものはそれなりに好き。そう答えれば、
「よかった!じゃあさ、今度の休みでケーキ食いに行こうぜ!」
とお誘いを受けた。特に予定はなかったし、洸ちゃんも来ると思って即座にOKする。
「洸ちゃーん、日曜日丸井君と行くでしょー?」
「あー?何の話?俺週末部活だぜー?」
洸ちゃんの部屋に行っていつも通り喋っていれば、洸ちゃんはそう言った。つまり…。ふ、二人きり?男の子と二人きりでお出かけなんて初めてで、胸がドキドキと激しく鳴る。少しだけお洒落しようかな、なんて。私にはあまり似合わない感情が芽生えた。
12:某、喫茶店にて
当日。待ち合わせ場所に向かえば、携帯をいじりながら待っている赤い髪が見えた。ああ、目立つなあ。分かりやすくていいかも。少しだけ笑ってしまう。てか丸井君、こうやって私服でいると中学生に見えない。凄いおしゃれなんですけど…。
「お待たせ!」
「おー、大丈夫。そんな待ってねーよぃ」
「丸井君おしゃれだね。いつもそんななの?」
「戸田ちゃんも可愛いじゃん」
かあああと顔に熱が集まるのを感じる。確かに若干頑張ったけど!でも可愛いだなんて言われるなんて思ってもみなかった。丸井君は、そんな私に気付かなかったのか「さ、いこうぜぃ」なんて歩き始める。うう、早く顔の熱冷めないかな…緊張する…。
「そこのケーキがすっげーうまくてさー!」
「へー、そうなんだ!楽しみ!」
丸井君が色々な話をしてくれたおかげで、いつの間にか私の緊張は解れていた。いつもみたいに笑って会話をして、丸井君の後をついていく。
「ほら、そこそこ」
丸井君が指差した喫茶店は、思っていたよりずっと古風で、まさに昔ながらの喫茶店といった感じ。意外。丸井君ってもっと新しかったり派手なものが好きなんだと思ってた。というかこんな場所あったんだ…。
「他にも新しい店とかいっぱいあんだけど、ここが一番のお気に入り。滅多に教えねーんだぜぃ?」
そんなウインクしながら言われたらまたドキッとしちゃうじゃん。てかウインクがナチュラルすぎるよ丸井君。日本人なのに違和感まったくなかったよ。普段からやってるでしょそれ。
「いらっしゃい」
「おーすマスター!」
扉を開けば、カランカランとドアについた鈴が鳴った。こんなシーンよくドラマとかで見るよね。少しだけ大人になったような気分だった。
「ブン太君じゃないか。久しぶりだね。…おや?いらっしゃい。お友達かな?」
「あ、はじめまして。そうです」
白い口ひげを生やしたすごく上品な雰囲気の初老の男性が、カウンターの向こうでカップを手入れしながら微笑む。
「マスターいつもの。戸田ちゃん飲み物何にする?」
「あ、じゃあホットのミルクティーで」
「好きな席に掛けて待っていなさい」
丸井君はそういわれるや否や、窓際の席に着いた。そこで私にちょいちょいと手招きをする。
「俺いつもここに座ってんだ」
「そうなんだ。おしゃれだしすごくいいお店だね」
「だろい?」
ドヤ顔。つい吹き出すように笑うと、丸井君も同じように笑った。
「はい、お待たせ。コーヒーフロートとミルクティと、チーズケーキね」
「ありがとうございます」
「これこれ!このチーズケーキがすっげー美味いんだよぃ!」
「そうなんだ、楽しみ!」
口に含んだチーズケーキは、滑らかな舌触りで、優しい甘さと一緒に舌に溶けていく。
「っおいしい!」
「だろぃ!?」
温かいミルクティを含めば、紅茶の香りとミルクの甘みが混ざり合う。
「はあ…落ち着くー…。ほんとに素敵なお店だね」
「戸田ちゃんなら分かってくれるとおもったぜぃ」
ソファにのんびりと腰掛けながら、ジャズの音色を耳に入れて、ゆったりと時間の流れを感じる。暫く他愛のない話をして、店を出た。
「今日はありがとうね!ケーキ美味しかったし、楽しかった」
「こっちこそありがとう。その…戸田ちゃんさえ良ければ、また俺とあの店行こうぜぃ」
丸井君の顔が赤く見えるのはきっと沈みかけの夕日のせいであって、私の心臓が高鳴っているのもまたケーキが食べられるのが嬉しいだけであって。もう誤魔化しになっていないような聞き苦しい言い訳を、一人胸中で考える。
「うん、喜んで!また誘ってね」
そんなんじゃない。そんなんじゃないの。
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