稲妻短編 | ナノ

 
フィマク 企画提出
  
 
くるりくるり。
傘を回しながら空を仰ぐ。
アメリカ独特の街並みを真似た建物が立ち並ぶ中、透明なビニール傘を透して見える空はアメリカの空と同じ色。ただ、晴れて雲がない晴天とは違う、分厚い雲が覆う雨空であり、活気に今一つ欠けるそれは地球のどこから見上げても同じ、繋がっている空だとは思えなかった。


【街頭に雨傘】


しとしとと細かく細長い雨がマークの頭上から降ってきたのは今から十数分前のことで、慌てて傘を取りに宿へと戻った。天気予報では雨だと伝えていただろうか? 雨という天気は嫌いではないものの、折角、これから約束した場所へ向かうのにと考えれば気分はやや下降する。
フットボールフロンティア・インターナショナルが開催されてから入場行進の時以来、二度目となるフィディオとの再会。お互いがキャプテンであり、お互いが違うチームに所属していることもあって、入場行進時は視線を絡めるだけに終わった。

積もる話は沢山ある。
それには、予選で勝ち抜いてきた経緯や、日本へ渡っていたチームメイトの帰国。サッカー以外の話だってしたい。
考えていけば指を折る数では足りない程で、改めてフィディオという人物に会えることを心待ちにしている自分が居るのだとマークは再確認することとなった。
 
雨傘をくるりくるり回すのは、後少しで出会うことが出来るからと、期待に膨らんだ気持ちを紛らわすため。晴れた空の下でなら、スキップでもしでかしそうな勢いがある程、膨らんだ気持ちを抑えるのは難しい。
くるりくるり。
回すことにより傘に付いていた水滴が少しだけ飛び散った。

 
「フィディオ!」

「マーク!
遅かったね? 待ちくたびれたよ」

 
はははとフィディオは自らの言葉に笑みを添えた。
辛辣な言葉には聞こえない軽い冗談。マーク程ではないものの少しだけハネている後ろ髪。にっこりと口元を上げた表情。紛れもなくフィディオだ。
近寄ってきたフィディオにどう返事を返そうかと考えるより早く、マークはフィディオの手首を掴んで引き寄せた。

 
「どうしたんだい?」

「どうしたも何も、なぜ雨が降っているのに傘を持っていないんだ!」

 
チームのキャプテンが風邪を引いて試合に出れなくなったらどうするのだとマークは続けて言葉を並べる。
フィディオには自らの身体を案じない不摂生な点が目立つ。そんなフィディオに対してだらしないと思う感情よりも、心配の方が強い。もし何かあれば……と考えて身を案じてしまうのだ。フィディオもマークの気持ちを知っているからか、説教じみた言葉を受け入れているが、改善された試しはない。
幸い、人通りが少ないために、いきなり大声を出しても周囲の注意を引くことはなかった。雨音で少し、声が掻き消されたのかもしれない。
どう言ってやろうかと目くじらを立てるマークに気付いてか、両手を肩ぐらいの位置まで上げたフィディオは降参の意味を示す。たじたじと表現出来るその行動はイタリアのキャプテンとは言い難い程風格がない。
 
 
「ごめんごめん!
今日マークに会えるって考えたら傘を取りに戻るために遅刻したくなかったし、楽しみにしていたんだ」
 
「そんなことを言って俺の意識を反らせようって魂胆だな?」
 
「喜んでくれたら嬉し……って、ないない!ないから勘弁してよ」
 
 
乾いた笑みを浮かべながら謝るフィディオに反省の色はないものの、こんな夫婦漫才じみたやり取りですら久し振りで嬉しいと告げられては心配の色を含んだ怒りは萎んでしまう。フィディオの浮かべる笑顔たちがどれだけマークの感情を揺さ振っていることか。……本人は気付いていなさそうだからフィディオは意地悪だ。
諦めに似たため息を吐いた後、遅れながらも久し振りの再会を喜んだ。
 
幼いと言えど男二人がこのまま一つの傘に入っているのは狭く窮屈で、どこかの店へ入ろうという言葉にどちらともなく賛同する。
傘を持とうと、さり気なく手を伸ばしたフィディオにやんわりと断りを入れたマークは、行き場の失った片手を彷徨わせたくない気持ちで傘の柄を掴む。自ら手を伸ばしてフィディオと手を握ることなんて、考えるだけで頭の中が沸騰しそうな程恥ずかしいことだ。無機質な柄を指先で弄ぶものの、指の隙間から見えるそれは愛しさを感じさせない。
 
 
「そう言えばさ、」
 
 
二人の間に訪れていた静寂をフィディオが突然切り裂いた。

 
「そう言えばさっき、手首を引っ張ったられたじゃない? そのまま抱き締められるかと思った」

「なっ、な……!」
 
 
フィディオの言葉にマークは切れ長の瞳を見開いた。手を握るか否か。一つの傘を共有しているために肩と肩が時折触れ合い、嬉しいやら恥ずかしいやらでころころと顔色が分かるのに、抱き締めるだなんて出来やしない。
イタリアジョークなのだろうと荒む気持ちを静めるために言い聞かせる。抱き締めることが出来ていればとっくに手だって繋げるはずだし、いつも先に行動するフィディオよりも早くこなせるはずだ。
 
 
「だ、抱き締める訳ないだろ。此処は道端だ。雨と言えど通行人がいないとは言えないだろ」
 
「なら他人が居なかったら抱き締めてくれるんだ?」
 
「〜〜っ!」
 
 
フィディオはマークが恥ずかしくて行動に移せないことを知っている。それなのに言葉の揚げ足を取るように茶化してくるのだから昔っからの性格は健全のようだ。
耳が赤いと指摘されてフードを頭まで被った。
顔が赤いと指摘されてフィディオから顔を背けた。
降り続ける雨が傘のビニールに当たり、鈍い音を立てながら彎曲している淵を滑る。フィディオが雨傘を見上げながらゆっくり口を開けたのを視界の隅で捉えることが出来た。
 
 
「雨は気分が下がるけれど、近くにいるマークをみれば幸せに思える。
だって今までは同じ空の下に居ながらも違う大陸で過ごしていたんだ。……それを考えれば、雨が降っていてもこうして君の隣に居ることが出来るのだから俺は、幸せ者だなあ」
 
「……俺、も」
 
「ははっ、声が小さくてよく聞こえないなあ」
 
 
くすくすと笑みを零しながらフィディオは笑う。つられてマークも笑うものの、その後、耳に寄せられた唇から紡がれる言葉を聞くまでの間でしか笑うことが出来なかった。
 
くるりくるり。
マークは無意識に傘を回す。
雨傘をくるりと回すことにより、恥ずかしさと幸せで膨らんだ気持ちを紛らわせたかった。
――勿論、隣に居る意地悪で愛しい存在が居る限り、膨らんだ気持ちを抑えるのは難しいことだとマーク自身気付いているつもりだ。


街頭に雨傘
(ぽつりぽつりと落とされた)
(甘い時間)
 
 
君と僕様へ提出
 
 
20110410

 
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