京→拓 企画提出 降り頻る雨の音、向かいから紺色の傘を差した人影が見えた。その朧気な存在は剣城が学校の門前に近付けば近づくほどより鮮明に姿を現し、相手が神童であることに気付いた。 「あ、剣城」 傘を上げて剣城を見た神童は口元を弛めて朗らかに挨拶をする。そう言えば傘を持って登校してくるのを見たのは今日が初めてで、神童が振りまく柔らかな笑みに反してに暗い色の傘を持つ姿を見るのも初めてだと今になって気付く。 【君が笑ったなら繰り返す】 「どーも」 止む気配を見せない雨が鈍い音を立てながら二人の頭上に降り注ぐ。神童からの挨拶に剣城が返事をしたことも、もしかすれば雨の音に掻き消されて聞こえなくなってしまったのかもしれない。 お互いの距離が縮まり、大体同じタイミングで角を曲がって門を潜る。今日のサッカー部は雨が降っているから休みじゃなかっただろうかと考えていれば、神童も同じことを考えていたらしく、ゆっくりと口を開いて言葉を発する。 「今日はサッカー部……休みだが、いつもこんなに早いのか?」 「……まさか。たまたま偶然です」 たたまた偶然だ。決して何時も神童が朝早く登校していることを知っているからではない。そうかと一言だけ零した神童はそれ以外何も言おうとしなかった。 剣城と神童の交わす会話は一つ一つが短く単調だ。剣城と同じ1年の天馬や神童の幼なじみである蘭丸と交わす言葉のやりとりは、魔法が掛かったように神童の表情を変えるが、剣城とのやり取りにはそれがない。ただ淡々と紡がれる言葉のやり取りは神童にとって事務的なものなのかもしれない。“楽しい”や“夢中になる”感覚がないのだから事務的だと言われても仕方がないかもしれないが、周りに出来ることが出来ない事に苛立ちが募る。神童が分け隔てなくどんな相手にも接するから尚更だ。 神童は剣城をどう思っているのだろう。らしくないと思うが、気になることは気になることで、ついつい考えてしまう。初対面の印象は悪かったが、今、今はどうなったのだろうか。少しでも印象が良くなったからこそこうして隣を歩けるのかもしれないが、聞くならば本人から聞いてみたいとも思う。剣城の中に潜む気持ちを悟られないようにするのは勿論前提条件だ。 降る雨に打たれて流される程度想いならば剣城は気にも留めなかっただろうが、神童への好奇心や興味から発展し始めた気持ちは胸中に輻輳するまでに至った。 「キャプテン」 「どうした?」 「……いや、なんでもないです」 言おうと開きかけた口から零れた言葉は神童から逃げるための言葉となってしまう。剣城自身、自分が一つのことすら聞くことの出来ない落ちぶれた奴だと自嘲したくなるが、相手が相手なだけに尚更であるのかもしれない。 「剣城は何を考えてる?」 「どうでも良くないですか?」 「それもそうだが、隣に並んでいるのだから気にならないか?」 いつも笑う時とは違う、くいっとあげられた口角に剣城は一瞬言葉を失った。気にならないと嘘は言えないが、気になると言えないのもまた事実。ほんの僅かな好奇心から始まった気持ちが神童を想う気持ちへと姿を変えたことは剣城自身衝撃的な内容だ。張本人に言える訳がない。ましてや、気になるだなんて言えば最後、剣城は自分の身が保たないことを承知していた。 「剣城はビニール傘なんだな」 「え?」 「ほら、透明な傘。俺としては黒い傘を持っているイメージがあったかな」 突然指摘されたのは傘の色について。剣城自身も神童の傘に着目していたが、まさかのまさか、神童が剣城と傘の色を結び付けていたことまで考えていなかった。 黒を連想させたのは、どこか重さを感じさせる要素があったからだろうか。神童が何を思って黒を連想したのか不明であるが、それまでさして興味も無かった色に対して少し興味を持ったのは事実。自分の現金さに呆れるしかない。 傘なんて雨を凌げたら何色でも良かった。たまたま以前買った傘の色が透明な傘だっただけだ。どこで買ったかすら知らない傘のことを覚えていないのに、神童の言葉で以前透明なビニール傘をセレクトした自分を誉めたくなる。 「キャプテンは何色が好きですか?」 「……オレンジ色かな。明るい色は暖かみがあって良い。剣城は?」 「俺は――黒か無色です」 一つは神童が剣城のイメージ沿って選んだ色。もう一つは笑う表情が見れた原因となった傘の色。 真反対な色だと声を上げて可笑しそうに笑う神童に、剣城も口角を少しだけ吊り上げた。 君が笑ったなら繰り返す (君の笑顔が) (堪らなく好きなんだ) 横恋慕へ提出 20110908 |