百物語一ノ話「ひんながみ」


さぁ、瞼をあげて頂いて結構。
それでは此方の着物にお召し変え下さい。それから、桂の前では我我の世界の事は成る可くお話しなさらない様に。
足元が暗いのでお気を付け下さいね。


「今度は何だ。」

銀時の顔を見るなり気色ばんだ顔で一偈した桂の声は、土と石で厚く塗り固められた壁にすぐに飲まれた。銀時に促された依頼人の男は一度頭を下げて、朱色の座敷牢の格子をくぐると早速不慥かな調子で話し始める。
艶やかな絹糸のような黒髪をたっぷりと背に垂らし男の前に鎮座する、肘掛についた頬杖を傾げながら欠伸を嚼んでいる青年、桂は、この地下の座敷牢に祀られている人形神(ひんながみ)という妖怪である。
人形神は、3年間で3千人の人々に踏まれた墓地の土で作られたニンギョウのことだ。
人形神を祀ると、どんな願い事でも叶い、欲しい物がすぐ手に入るといわれていたし、実際にそうだった。
元は大衆の前に祀られていた桂だが、その強大なちからは絶えず争いの火種となったので、陰陽師である銀時が彼をこの座敷牢に隔離し幽閉したのだ。

座敷牢で暮らす桂は、銀時が連れてくる依頼人の話しをきいて、その願いを叶える。お為ごかし。以来銀時は、桂と依頼人の仲介をすることを生業にしていた。
桂はどんな願いでも、その対価に見合う額を差し出せばかならず叶えられる。桂に願えば征夷大将軍にだってなれるし、一生吉原で女に袖をひかれるほどの顔を手に入れることだってできた。

ひととおり話しが終わると、座敷牢の格子が開いて、闇の中に控えていた女の形をした式神が男を連れ出した。


「いつもわからないんだけど、どうやってお前は願いを叶えてんの。」
「どうやってと言われても、俺はただ事を思い浮かべるだけだ。それでお前らが叶えて欲しいという事が勝手に叶っている。」

依頼人と式神がいなくなったあとの座敷牢、その畳の上に寝転んだ銀時の白髪を桂は梳く。

「いつも不思議そうにいうが、いつも同じことをきいてくるお前の方が俺は不思議だ。」

けだし訝しげに見下ろしてくる桂に、銀時は言い知れぬというふうに笑うしかなかった。桂と銀時は特別に胸襟を開くとか、肝胆相照らす仲というわけではない。

「今度は何だ、何をすればいい。」

桂は猫が甘えるような声で囁いて、横たわったままの銀時の首筋に唇を寄せる。依頼人を連れてきたら面倒くさそうな顔をするくせに、次の仕事をきいてくる彼の口元からはいつも好意的な色が溢れていた。
桂は誰かの願いを叶えることをしなければ、死んでしまうのだという。銀時が依頼人を見つけてこなければ、桂は結界に囲まれたこの座敷牢の中で緩やかに死ぬしかない。
俺がいなければ死んでしまう、つよくてはかない妖怪。
楚々として居づまう神が自分にだけみせる生き物としてのよわさはいくら拭っても、純粋に、愛しいと思わざるを得ない。



淡い浅葱色の水泡がプリントされた着物を脱ぎ捨てて、先の男が置いていった黒革のトランクを開ける。
びっしりと行儀よく並んだ万札の束のひとつをジャケットの内ポケットに押し込んで、座敷牢のある蔵から出ると、もうあたりの陽は落ちていて、代りに姦(かしま)しい電飾が瞬きはじめていた。

職にも就かず、降ってきたものを流すだけ。ましな死に方をしないだろうと思う事はある。然しこの血がからだを巡る限り、代々が代々どうせましな死に方をしない運命にあるというのを銀時は先に知っていた。
桂は、銀時を銀時だとは知らない。今日の銀時も十年前の銀時も、四百年前の銀時と同じだと思っている。
桂は妖怪で、陰陽師の銀時は人間だった。
妖怪と違い、人間は永遠には生きられない。所詮恒久の片思い。
次も次もその次も、桂が銀時を個人として認識することはないだろう。然は然りながら。不毛だと知って、叶わないと知って、それでも銀時は恋をする。また桂を、すきになる。遺伝子の深くに刻まれた思いが積もって積もって、身動きができない。
人形神を祀った血は、生まれるたび地獄に繋がれる。

細く入り組んだ路地をいくつか曲がると、待ち合わせていた女と目が合って、柔(にこや)かに腕を絡ませる。
この街に住む人間のうち、ここが妖怪と人間の千尋の恋事により栄えたのだと知る者は極極すくない。



***

「君を慕ひて万代不易」
この銀時は第二十四代目銀時さん。

有田/BORONIA

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