百物語十三ノ話「ぬらりひょん」



『約束の果に』





――― 死んでも此処(真選組)に戻って来い

それはいつも潜入捜査に出向く前に言い渡される。


任務の中で一番難しい案件だと俺は思っている。俺に言わせれば情報を探るのなんて簡単なんだ。ただ、その後掴んだ情報をアンタの元に届けられなければ俺の仕事に意味は無い。命を懸けて情報を届けられれば俺はそれでいいと思っているんだけど、アンタはそれじゃ満足しないんだ。


死んだら戻ってこれないんですけどね、土方さん。アンタはいつも言う事むちゃくちゃなんだよ。言外に生きて戻って来いとは・・・。それでも俺はアンタの監察だからさ、応えてみせようじゃないか。


これは仕事に赴く前の二人だけの厳粛な儀式。だから俺も真選組監察筆頭・山崎退として真摯に応えるんだ。


――― はいよ


◆◆◆
そのヤマは最悪の結末を迎えた。


攘夷浪士と繋がり有りと呉服問屋に山崎は下男として潜入していた。そこはやはり昨今名を売り出してきた小さな攘夷組織の隠れ蓑だった。あらかたの内情を調べ終えた山崎は、明晩大きな動きがあると土方に連絡を入れた。そして山崎は明晩の突入の手引きの為にと、そのまま潜入を続ける。しかしそれが敵の思う壺だったとはこの時の山崎には知る由もなかった。そしてその晩、山崎は捕らわれの身となってしまったのだ。


相手が悪かった。この呉服屋自体が山崎をおびき寄せるための罠だった。二重三重と張り巡らされた罠にまんまと嵌ってしまった。相手が1枚も2枚も上手だったという事だ。捕らわれた山崎の前に姿を現したのは目を引く派手な蝶の着物に隻眼の男―――高杉晋助だったのだから。


(ああ、どうやら俺も年貢の納め時ってやつかも。鬼兵隊はどうにも真選組を潰す算段か)
山崎は高杉を目にした瞬間そう思った。山崎は真選組監察として鬼兵隊に面が割れている。
(みすみす監察の俺を見逃すなんて事はないだろう。)
そう思った。現に高杉は口の端を上げ刀を引き抜いている。あっと言う間もなく高杉の刃が一閃した。


「今すぐには死なねぇように急所は外してやったぜぇ。明晩お前の仲間がここで死んでいくのをゆっくり見物してから死にやがれ」


クククと嘲笑を残し、高杉は去っていく。急所は外されたとはいえ、皮一枚で繋がっているような状態で身動きもままならない。己の腹から命が溢れ出てくる感覚に寒気がする。


「俺の失態で組の皆が殺られちまう、死んでも死にきれんよ・・・いやだいやだいやだ!」


いつ何時でも死ぬことなんて覚悟していたはずなのに、最後の最後でこんなにも生き汚い自分にも反吐がでる。でもアンタとの約束の為にも俺は死んでも帰らないといけないんだ。こんな失敗はあってはならない、こんなに生きたいと強く願ったのは初めてだった。


――― 死にたくない・・・神様でも仏様でも、何でもいい!・・・誰か、助けて!!


◆◆◆
そしてこのヤマは突入直前に山崎との連絡が途絶えた事で、慎重に慎重を期した副長の周到な計画で大打撃はまぬがれたものの、それでも数十人に昇る隊士が死傷する結末を迎えた。そして山崎は2ヶ月にも渡り生死の境を彷徨い生還した。だが、生還した山崎は人が違ったようにどこか薄暗い影をもっていた。事件の結末を思えば致し方ないのだと周囲も山崎の変化に疑問を持つ者はいなかった。


それから月日は幾分か流れたある日の事。


屯所の局長室で近藤、土方、沖田が揃って、山崎の報告を聞いていた。今回は大きなヤマな為3トップが揃って報告を聞いていたのだ。報告が終わると山崎は早々に局長室を退室していったので今部屋に居るのは3人だけだ。
山崎が部屋から遠ざかったのを確認すると沖田は土方に話しかけた
「ねえ、土方さん。ザキの奴ァ毎度毎度どうやってあんな情報取って来るんですかねィ」
「ああ?」
「なんだ総悟、何か気になる事でもあるのか?」
土方は瞳孔を開きっぱなしで威圧的。近藤は意外にも知慮深く沖田に返す。
「いえね、あのヤマからこっちザキが取って来る情報に何の間違いもありやせんぜィ」
「あんな事があったんだ、野郎だって本気なんだろうさ。間違ってねえんだから問題ねえだろ」
「問題は無いんですがねィ。それがかえって気になるんでさァ」
「どういう事だ」
「だって、おかしいでしょう。今回のヤマだって幕府の方で調べて敵さんの尻尾も掴めないってんで、俺らに回されてきたもんですよねィ」
「・・・まあ、そうだな」
「幕府方だって密偵だのなんだのと、それこそ俺らよりいろいろ持ってんでィ。そんな奴等が掴めなかった尻尾をザキがこうも簡単に、しかも正確に掴んでくるのが腑に堕ちないんでさァ。前も、その前のヤマだってもう迷宮入りかって言われてたやつだったじゃねぇですかィ」
「・・・」
「あの事件以来、山崎の奴ァ人が変わったようじゃねえか。前々からそうでしたけど、それにも輪を掛けてヤツは・・・のらりくらりとして掴みどころがねぇんですよ。・・・土方さん、山崎の奴ァ、本当にまだ、人間、ですかィ?」
一言、一言を区切られて語られると、それも沖田が語るとこんなに恐怖を呼び起こすものだとは知らなかった。
「そ、そ、総悟、お、お前、何言って・・・」
「ああ、土方コノヤローはオバケが大の苦手でしたっけねィ」
沖田はこれは失礼しやした、気にしないでくだせェと明らかに嘲笑を浮かべ部屋から出て行った。


◆◆◆
その夜山崎が副長室にやって来た。
「副長、いいですか」
その一言で土方に緊張が走る。昼間の沖田の言葉がよみがえる。ゴクリと唾をのみこみ一呼吸おく。
「・・・ああ、入れ」


山崎は音もなく静かに入って来た。
沈黙が痛い。
まだ何かあったかと俺が口を開こうとした時山崎が先に口を開いた。
「ねえ、土方さん。俺が怖いですか?」
「な、なに!?」
「昼間沖田さん達と話していたでしょう。俺、知ってるんですよ?それにしてもアンタ何気に酷いですよね」
もう、俺は口を開けない。山崎の目が、両の瞳が朱く爛々と輝いているから。こいつ人間じゃねえ。瞬時に理解する。
「死んでも帰って来いって言ったのアンタですよ。だから俺は約束を守る為、こうして還ってきたんです。どんなにこの躰を堕とそうとちっとも後悔なんてしてないんですよ。それにこの躰は密偵には便利なんですよぉ。すうっと奴らの中に入っていけるし、そして誰にも気づかれることなく消えれるんです。凄いでしょお」
ふふふふ、なんて笑っている。動く事も言葉を発する事も出来ない俺を見て山崎だったモノは更に続けた。
「いい事を教えてあげましょう。どうしたら、怖くなくなるかってことです。」


朱く輝く両目が目前に迫り来て口の端を吊り上げ、にたりと嗤った。


――― 俺達の仲間になればいいんですよ 仲間なら怖くなんてないでしょう?


脳内に直接響く声。


もう、逃げられない。





【完】


***

PYON/鏡花水月

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -