頬をひんやりとした空気が撫でていく。目蓋の裏が明るく今日も良い朝が来たと教えているのを感じ取って、たゆたう意識を引き上げた。カーテンの隙間から差し込む光が眩しくてゆっくりと瞬く。
 腰を拘束するいつもの重みにはもう慣れたもので、身じろいでも動かない所を見るに恋人はまだ熟睡中だ。腕をそっと外すと眉間を険しくさせたが、何事かを呟きながらシーツを乱していく。その仕草はどこか動物を彷彿とさせて頬が緩む。額に掛かっていた前髪を撫でて唇を寄せた。
 音を立てないようベッドを降りて、寝ぼすけが起きないよう足を滑らせながらドアへ向かった。すうすうと心地よさそうに眠る恋人を一度振り返って、寝室から廊下へ。
 バシャバシャと顔を洗って目を覚ましてから櫛を手に取って、髪を丁寧に整えていく。髭を剃って鏡を眺めながら今日も完璧、と自分の手腕を褒めて大きく伸びた。
 リビングのヒーターを付けて朝食の準備にかかる。コーヒーメーカーのスイッチを入れて、自分用にとミルクを温めて。ヒーターの稼動音を聞きながらパンをトースターに突っ込めばあとは並べるだけだ。毎朝甘いものしか口にしないことを承太郎は眉間に皺を寄せながら訝しんでいたが、最近はヌッテラをパンの端につけるようになった。おれからすれば朝食がしょっぱくって大量な方が妙だと思うんだが、日本人はみんなそうらしい。ミルクに粉末を突っ込んでココアにしながら、空条邸で食った茶色っぽい飯を思い出した。今度ホリィさんにレシピを貰おうかな。
 カーテンを開ければ電気が不要なほど室内が明るくなる。窓辺に飾った花瓶の水を入れ替え、家族の写真を磨いて、仕上げにキスをすれば朝の日課は完了する。生まれ育ち思い出のあるこの家で、恋人と生活できる幸福な現在を享受すべく、廊下を引き返していく。
「承太郎、朝だぜ」
 部屋を出た時と変わらず可愛らしい寝顔を撫でる。起きている時とは違って年相応な眉間にリップノイズを残すと、小さく声が聞こえた。
「ん……」
「じょーたろう。飯できてるぜぇ」
「…ああ」
 ベッドに腰を降ろしてまだ目を開けまいと抗っているヤツの背中を叩く。すかさず腰に腕を回してぐりぐりと額を擦りつけてくるのは、寝起きで口を動かしたくないときの癖のようなもので。つまりもう少しゆっくりさせろとの抗議な訳だが。コーヒーの良い薫りがここまで漂ってくるし、なによりおれはすっかり起床モードだ。柔らかい黒髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「ホレ、顔洗ってこいよ。目ェ覚めるから」
「ねみい」
「承太郎〜」
 甘ったれたコイツを見てるのも楽しいんだが。すっかり乱れてしまった髪を指先で弄りながらご機嫌を伺う。薄ーく開かれた緑と視線が合う。こりゃ本当に眠いらしい。カーテンは開けておくべきだったか。
 すると徐に、承太郎が口を示した。
「んん?」
「…しろよ、そしたら起きる」
 まったく随分と我が儘だ。可愛らしくて緩む口を少しだけ突き出された口に何度か押し付けた。顔を離すと追いかけてきてもう一度、唇が重なった。ようやくご起床だ。
「おはよう、おれのうさぎちゃん」

(2014.03.04)
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