■日常

 平日の朝はだいたい俺が先に目覚める。目覚ましをとめて薄目のまま頭が動くのを待つこと約三分、重たく巻き付いている腕をべりりと引っぺがして、シーツに戻されない内に寝具から脱出をはかるが、今のところ勝率は五割といったところだった。とはいえ捕まるにせよ起き上がるにせよ、やることは大差ない。寝坊助の恋人をじたばたしながら叩き起こすのだ。
 窓を開けて冷たい空気を室内に取り入れ気分をしゃっきりさせて、顔を洗いにいくついでに承太郎をバスルームに放り込む。寝る前のシャワーを浴びていても朝のシャワーをやめないのは湯船にゆっくり浸かれないからなんだろうか。ざばざばと景気の良い水音を背に俺はリビングへ。
 付き合いはじめの頃は甲斐甲斐しく朝食を作ったりもしたが、だんだんと億劫になって近頃はパン頼りだ。適当にトースターに突っ込んでコーヒーを煎れて果物を切ればそれっぽくなる。あ、リンゴ切らしてた。承太郎がどこかで見つけてきた「吊るしておくとバナナがうまくなるハンガー」からバナナを貰うことにした。食感が好きじゃねえって進んでは食べないバナナをハンガーの為に買ってきた承太郎はやっぱりちっと天然入ってると思う。まずこのハンガーどこに売ってたんだよ。
 目に痛い朝日から逃れて換気扇を付けてコーヒーができるまでの間、俺は一服を楽しむ。窓からは人々が起き活動をはじめた音が聴こえてくるが、やかまし過ぎない様々な音は気に入っている。田舎じゃあ味わえない、人口密度の高い都市部の音だった。
 煙草を吸い終わる頃に汗を流しいつもの済まし顔になった承太郎とおはようのベーゼを交わして、一日の予定をぽつぽつと報告し合う。とりとめのない話といえばそうなんだけれども、会話の最中に新聞を広げ出されると流石にかちんと来て、肘でわき腹をつついてやった。ごめんの代わりなんだろう唇が振ってきたから今日のところは不問としてやろう。
 二人暮らしをするようになって、はや数年。ぶつかったりもしながらお互いのライフスタイルは理解できてきた。キスもセックスも不満はない。愛の言葉はもうちょっと増えてもいいんじゃないかとは思うが、不満というほどでもない。
 ただ、
「なんとなく物足りねえなぁ〜…」
 と思うのであった。

「だからさあ、どうしたらいいと思う?」
『……おれに聞かれてもな』
「なんでだよ。俺とおめーの事だろうが」
 パートナーたる承太郎と話し合うのはとても重要だ、という当然の事をここ数年で嫌というほど実感した俺が相談しているというのに、当の本人は溜め息をこぼした。
「メリハリがないっつーのか? なんとなく惰性入ってきてねえ? セックスとか」
『真昼間からアホな事言うな』
 裏口にいるから誰も聞いてねえよ。そう付け足すと、言いたいことはわかる、とほんの少し沈んだ声が返ってきた。
「物理的な距離置くのもめんどいしよォ」
 承太郎の反動が怖いというのは心のうちにしまっておく。財団の依頼で数日家を空けた際しばらく引っ付き虫がしがみ付き虫にランクアップしたことは記憶に新しい。だいたいにして寂しい思いをさせるのも本意ではない。それに離れ離れはおれも寂しくなる。
「道具使ってみるか?」
『どうぐ……』
 気分で購入したもののどちらともなく嫌がってろくすっぽ使わずにタンスへしまわれた性具があったはずだが、どんなんだったかと思い出そうとしてもすぐには閃かなかった。
「SMとか興味ねえしなー」
『衣装変えの方がいくらかいい』
 うんうんと頷きながら腕時計に目を落とす。昼休憩が終わるまでまだ時間があった。
「つーか衣装変えって、コスプレって言えよ。一瞬何かと思ったぜ」
『こっちは一人じゃねえんだ、察しろ』
「…忘れてたわ、悪ィ」
 ふ、と吐息が漏れると同時にジッポがかちりと電話越しに音を立てた。
『禁欲するか?』
「オナニーもセックスもしねえって?」
『まあ……そうだな』
「できっかな、おれ」
『……あまり自信はない』
 本当に自信なさげに言うものだからつい噴き出してしまった。体を折ってひーひー笑うのが止められないでいると、およそ恋人への声色とは思えないほど冷たい声がぴしゃりと響いた。
『切るぞ』
「わーっ、うそうそごめんって! 俺もたぶん我慢出来ねぇし、嬉しかったんだって」
『チッ』
 照れたり拗ねたりすると悪態をつくのは出会った頃から変わっていない。電話の向こう側で色付いた頬を隠す為に帽子を深くかぶり直した恋人が瞼に浮かんで、今すぐ抱き締めたくなった。
「あ〜…ちゅーしたい」
『他の奴とだなんて言うんじゃあねえだろうな』
「馬っ鹿だな、お前とに決まってんだろ!」
『……おう』
「お、墓穴掘ったな? さっきより顔赤くなってんだろ? 承太郎クンよぉ〜」
『やかましいぞ』
「否定しない素直なトコが好きだぜ!」
『あー、わかったわかった』
「あしらい方を覚えたおめーは可愛くねーな!好きだけど!」
 はいはいとおざなりな返事が聞こえてくるが、承太郎の耳は今頃真っ赤だろう。いつまで経っても直球に弱い恋人はとにかく、と少し声を張った。
『こっちでも色々考えておく。先走って妙なモン買うなよ』
「うぐッ……」
 いろいろな前科持ちとしては耳の痛い言葉にOui.と答えるほかなかった。
『予定通り帰るから、その時話そう』
「りょーかい。またあとでな」
『ああ』

 承太郎より先に帰宅してゆっくりしていた俺だったが「今日は外で食べよう」という誘いに喜んで飛びついた。やっぱり意識を変えるなら場所からっていうしな、早速雰囲気を整えようとしてくれるってのは嬉しかった。
 駅で待ち合わせて連れ立って歩くこと数分、承太郎が目的地と示したのはそこそこお高いのだろうと見て取れる良い雰囲気のホテルだった。ちゃんとしたレストランなら言えよ!俺の格好じゃ入れてもらえねーだろ、と尻込みする背中を押しながら涼しい顔をした恋人はさっさと部屋の鍵を受け取ってエレベーターに乗り込んだ。
「食事じゃなくてホテル直行とは恐れ入ったぜ」
「ちゃんと飯も食う。外じゃあ他人の目が鬱陶しいだろ」
 確かに。人前でべたべたしないのは本人の気質か国民性かは分からないが、承太郎は注目を集めるのが嫌いだ。人目のないところで俺たちが近づき過ぎなのかもしれないが、ともかく今現在第三者の存在は必要なかった。
   ディナーを終え身も清めた。ベッドの上でおれを抱え込んだ承太郎は試したいことがあると言った。着慣れないバスローブの裾を弄りながら期待と不安をないまぜにしつつ身を任せることにして、とりあえず言われた通り目を閉じる。
 柔らかい唇が耳の後ろに触れて吸い付くとくすぐったくて肩が震える。おい、と笑った低い声が咎めてくるのもこそばゆい。おれの背中と承太郎の胸板が重なって、両手の指も絡み合った。
(2016.05/28)



■子育てさせたかった

 薄暗くなってきたニューヨークの町並みも見慣れてきた。帰路を急ぎながらあれこれと買い込んだマーケットの袋を持ち直してポルナレフは顔を綻ばせる。明日は二人揃っての休日。外へ出なくても済むようにと張り切って買い物に挑んだお陰でいつもよりも手の中は重いが、スキップしたくなるほどに心は軽い。
 カンカンと軽快な音を立てながら階段を駆け上がって、いつものように鍵を回したが、手応えがない。もしや泥棒かと背中を丸めながらドアを開くと、廊下に見慣れた広い背中がある。ぱっと自然に頬が持ち上がった。
「承太郎、今日は早かったんだな!」
 手探りで電気をつけると急いで靴を脱いでルームシューズに履き替えた。余談だが日本文化で育った恋人が家の中で土足は嫌だと言うので従っている習慣で、家事をするようになって土足禁止の有り難さが染みている。泥の跳ねが少なく、掃除が楽なのだ。
 声を掛けてみても目の前の背中はぴくりとも動かない。買ってきた食材を冷蔵庫に入れたいし、仕事帰りで疲れた体はコーヒーブレイクを求めている。痺れを切らして肘で背中をつついた。
「承太郎ー、なにしてんだよ」
 のっそりと、ひどく緩慢な動きで承太郎が振り返る。その逞しい腕の中にはなにやらもぞもぞと動く見慣れないモノ。蛍光灯に照らされた目の覚めるような青い瞳がポルナレフを凝視している。
 ぽかんと口を開けて見上げると恋人は眉尻を下げ、唇を噛み締め、けれど眉間に皺を寄せている。ふらふらとさまよう視線は深い悲しみを宿していて、掛ける言葉を探しているようだ。
 もう一度腕にある生き物に焦点を合わせる。ふくふくと柔らかそうな頬は薄い桃色で愛らしく、時折揺れる手足も丸っこい。輪郭を縁取るブロンドは細く頼りないように見える。どこからどう見ても、正真正銘、疑いようのない、人間の赤ん坊だった。
「青い目のかわいこちゃんなんていつ引っ掛けたんだよ、この色男」
 吐き出した軽口は呪詛のように震えた。ポルナレフをじっと見つめている赤ん坊がぷるぷるの唇から涎を垂らしているのをみて、指先で掬ってやる。承太郎が男の自分ではなく、女性と結ばれる日が来るのではないかとどこかで考えていた。けれどその`いつか`がこんなにも唐突だとは思っていなかった。耐え切れず俯いて、涙で視界が滲んでいく。みっともなく泣いたって愛し合う二人を引き裂くことなんてできやしないのに、せり上がってくる感情を押し止められない。
 するとずいっと読み取れないくらい眼前に突き出されたのはメモの走り書きのようだ。驚いて瞬いた拍子に涙が溢れる。承太郎の表情が見えないのは気になったが、のけぞって恐る恐る目を滑らせる。
『ポルナレフさんへ あなたの子です。いつか聞いた妹さんから名前を頂いてシェリーと名付けました。大事に育ててください』
 空気さえも動きを止めたような、数拍の間。
 ポルナレフは目を点にして、声にならない困惑を叫んだ。


 突然の大声に驚いて泣き出した赤ん坊を聞きかじりの知識で揺すったり話しかけたりと二人がかりで必死にあやして、小さなお姫様が笑う頃には二人ともぐったりと肩を落としていた。ポルナレフの胸に凭れかかって眠る姿を見て承太郎はコーヒーを淹れ、ようやく二人で話す時間が出来たのだった。
「本当に、お前の子どもじゃあないんだな」
「あッ……たり前だろ!?」
 思わず飛び出そうになった反論のボリュームを無理矢理落として、ポルナレフは眉を吊り上げた。
 旅の最中で街ゆく女性に声を掛け、断られなければお茶を一杯ご馳走するなんてことはざらにあったが、それはあくまで承太郎を好きになる前までだ。女性の肌に触れたいと思う日もあったが、それはそれ、女性に声を掛けるのとは別の欲求なのだ。そう熱弁すると、帽子を深くかぶり直した承太郎は少しだけ耳を赤くした。シャイな恋人には愛の告白に聞こえたらしいが、唇を尖らせてさらに続ける。
 どんなに魅力的な女性がいようが、お付き合いや子供を持つとなれば話は別だ。危険な旅の途中に守るべきものを持つつもりはなかったし、親のいない子供のさみしさは身に染みて知っている。なのでそういった深い仲になるという機会は全て避けてきたのだ。だからこそいつぞや睦みあった行きずりの女性なんていないし、まして浮気でもない。
「なんでおれを名指ししてくるかってのは疑問だけどなぁ」
 ポルナレフは自分を社交的な人間だと自負しているが、職場の同僚も顧客たちとも子供を預けられるほどに親しくなった女性はいなかった。せいぜい常連である年配の女性を褒める程度だ。
 ひとしきりうんうんと唸ってはみたものの結論は出ない。
(2015.09/21)



■シリアスさせたかった

「たらればを考えたことはないか、承太郎」
「『もしもこうだったら』という希望を抱いたことはないか」
「その『もしも』を、他ならぬこのわたしが、叶えてやろうか―――」



 空は晴天、気温も穏やか。ポルナレフが半年に一度生まれ故郷に帰る時は決まってこうだ。
 家族の墓の管理を任せているという婦人とお茶をして、墓参りをして、夕食を共にする。生家に残ったままの細々とした荷物をニューヨークへ持って帰ってきては承太郎に見せ、思い出を語るのだ。初めの何度かは付き添ったが、水入らずの時間も必要だろうという判断と日々の忙しさも相まって、最近はポルナレフ一人で渡仏している。
「準備完了ー」
「…前日に済ませておけと毎回毎回言ってるんだがな」
「間に合ってんだからいいだろ?」
 家の中をドタバタと走り回って、ようやくトランクの蓋を閉めたポルナレフは悪びれもせず肩を竦めた。ソファで体を休める承太郎に伸し掛ってハイテンションに続ける。
「ワインが美味い季節だからさ、帰ってきたら飲もうぜ」
 楽しそうに囁きながら鼻を擦りつけてくる無邪気さが愛おしくて、背中を抱き寄せる。慣れた重みが心地良い。本当はひと時も離れたくないのだとという願いを込めて唇に吸い付いた。
 そうして笑ったポルナレフはフランスへ旅立っていった。

 恋人が居なくなると家の中は火を消したように静かだ。静寂が肩に伸し掛ってどっと疲れる。ポルナレフは飛行機の中で寝たいからと前夜は寝ないで過ごす為、必然的に承太郎も徹夜に付き合わされるのだ。ベッドの上での活動も、眠くなるからと却下される始末で、それでも構えと寄り添う体温を引き剥がす選択肢などなく、理性を総動員する羽目になって気疲れする。
 再びソファに沈み込むと途端に眠気が襲ってくる。冷蔵庫に手料理が残っていたんだった、痛まないうちに食べてしまわないと。頭は雑事を思い浮かべても、心地良いまどろみには抗えなかった。

 ★

「願いを、叶えようか」

 夜よりも深い闇色のフードを被った人影は囁いた。
 目蓋を開けて立ち上がるとそこは慣れ親しんだ部屋ではなく、虚無だった。どこまでも続いていそうで、どこにも繋がらない闇。目の前にいる人影はなぜだかハッキリと目視できる。
「たらればを考えたことはないか、承太郎」
「――てめえ、スタンド使いだな」
 鋭く呻くが、影は怯えも構えもしない。半身であるスタープラチナも呼びかけに応じないということは、いつの間にか術中にはまってしまったようだ。
 特殊能力に秀でているスタンドは肉弾戦が苦手なことが多い。ポルナレフが居なくなったタイミングをこいつは狙っていたのだろうか。バラバラになった時期を狙って襲ってきたのなら、単独犯ではない可能性もある。簡単にやられるヤワな人間ではないとわかっていても背筋に焦燥が滲んだ。
 以前聞いたことがある。願いを叶えようと持ちかけて、その思いを逆手に取って相手を殺すスタンド使いの話。妹と仲間の復活を願ってポルナレフは窮地に陥ったのだという。似たような能力なのだろう目の前のこいつが、自分の方へ襲いかかってきて良かった、とひっそり笑った。
 大切なものを亡くした人間には麻薬のように効くだろう言葉も、承太郎は右から左へ流せる。
「『もしもこうだったら』という希望を抱いたことはないか」
「生憎ねえな」
 守るべき家族も、仲間も、恋人も、承太郎はその手で守り通したのだ。奇跡のように幸福なことだったと、今でも思う。全員の血の滲むような執念とほんの少しの奇跡がこの現在までの道を繋いでくれた。
「おれは何も失っちゃいないんでな」
 高らかに宣言すると、空間全体が嗤うように震えた。
「たらればを考えたことはないか、承太郎」
「しつこい野郎だな」
「あの男は、あるぞ」
 どくり、と心臓が嫌に激しく脈打った。
「何も起こらず、何も喪わず。平凡で凡庸で幸福な日々を、あの男は考えたことがあるぞ」
「…当然だ。あいつは家族を亡くしてる」
 その傷を持て余して涙を流していることも知っている。それが時間と共に癒えていけばいいとも思っている。知らず握り締めた拳に爪が突き刺さっていた。
「平凡な日々の意味を、お前はわかっていない」
「……何が言いたい」
 滑るようにして人影は承太郎との距離を詰めてくる。何も見いだせないフードの奥を睨んで、抑揚のない声への苛立ちを押さえ込む。
「あの時側にいれば、自分の特異な能力さえなければ―――お前さえ生まれなければ。
 あの男は凄絶な運命に巻き込まれることもなかった」
 違う、とも嘘だ、とも言葉にできなかった。
 意識が遠のいていく。

「たらればを考えたことはないか」
「『もしもこうだったら』という希望を抱いたことはないか」
「その『もしも』を、他ならぬこのわたしが、叶えてやろうか―――」

 心に染み込んでくる毒のように甘やかな声を聞きながら、承太郎の意識はふつりと途絶えた。
(2015.12/01)



■オチを見失った

 はあ、と大きく息をついて体内にくすぶり続ける熱を逃がす。体中舐められて齧り付かれ貪られたポルナレフは今夜も満身創痍だった。爪先から頭までピリピリと痺れるような余韻は未だに抜けきらない。
「大丈夫か」
 聞きなれた低い声がふわふわしていた意識を引っ張りあげてくる。意識して呼吸を大きくしながらうっすらと目を開けると、乱れたポルナレフの髪をそっと撫で付けている恋人が心配そうに眉尻を下げていた。ん、と頷いて両手を伸ばすと慣れた手つきで膝の裏と背中に腕を回した承太郎が音もなくポルナレフを抱き上げる。体を絡め取る腕は柔らかな拘束にも似ていてどこか落ち着く、でも悔しい。不本意ながら慣れてきてしまった独特の浮遊感の中、逞しい首筋にぎゅっと抱き着いて体重を掛けすぎないように気を配る。それでも男としての矜持が早く降ろしてくれと訴えるので、抱き上げたまま頬ずりして甘える恋人に掠れた声を投げた。
「なにしてんだよ…」
 頼むから早く。そう付け足すとこめかみの辺りに柔らかいものが触れてから大きな影がゆっくりと動き出した。音も立てずに歩く承太郎は疲れてぐったりとしたポルナレフに負担を掛けないようにと足取りが緩い。とはいえ二人で暮らすには少し手狭なアパートの廊下はさして長くない。あと少しの辛抱だ。
 バスルームにたどり着くとひとまずバスタブの淵に下ろされる。無機質な冷たさが尻からのぼってふるりと肩が揺れると、シャワーの温度を見ていた承太郎はちゅっと頬に口付けてポルナレフを宥めた。子供を寝かしつけるような優しいそれになんとなく腹が立って、バスチェアーへ座ってその上に乗るようにと促す腕にがぶりと噛み付く。微かに笑みを含んだ吐息が聞こえた。
 温かいシャワーが肌を伝うと汗やその他の体液が押し流されていく。万が一ポルナレフが寝入ったとしても落ちないよう、背中には腕が添えられたままだ。先ほどまでポルナレフを苛んでは悦ばせた指がシャワーを操り、安心感に身を委ねると自然と筋肉から力が抜けていった。与えられた強すぎる快感の余韻と眠気の合間で揺蕩っていた意識も幾分かはっきりしてようやくひと心地つけた気分だ。浴室にはバスタブに注ぎ込まれてどうどうと暴れる温水の音が響いている。
 承太郎の膝の上に座るのは特に珍しいことでもないのだが並んで立つと見えないつむじや表情を隠したがる恋人がよくみえるので、ポルナレフは後処理も何もかもを任せて頭を抱き込んだ。喋りにくそうなくぐもった声で見えねえと抗議が届いても背筋を伸ばすのも億劫だった。
「そういえば、ポルナレフ」
 べたべたしたものを流し終わった承太郎がまだ赤く色づいてもっちりと柔らかい後孔に指を這わせる。何もこれからもう一戦挑もうというわけではなくぶちまけられたものを排出するために、だ。そうは分かっていてもまだ僅かに口を開けてひくつくその場所を撫でられると背筋が震える。ふうふうと呼吸を整えながら腹の中に留まっている残滓を掻き出していく指を締め付けないよう意識を集中させて、視線だけで続きを促す。
「お前少し太ったな。腹が柔らけえ」
「……ハァ?」
 バキバキに割れてるっつの!と怒鳴ってやりたかったがずり落ちないよう背中を支えていた承太郎の腕が前に回されて腹筋に触れた。ぷに、と弾力の感触。
 いやいやいや、今は前かがみになってるから、どうしても皮が、なあ?いくら最近走り込みをちっとばかし怠けてるからって、昼休みにパフェ食ってるからって、そんなぷにっとはなってないぜ。……たぶん。
 ポルナレフが冷や汗を背中に滲ませているとは露知らず、承太郎は楽しそうに声を弾ませる。
「抱き心地が良くなった」
 処理が終わったらしい承太郎は爆弾発言でとどめをさすと再びポルナレフを抱えてバスタブの中へそっと下ろし、ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらボディソープを泡立てはじめた。
 足を掴んでスポンジを滑らせ、自分も湯に浸かりながら全身をくまなく綺麗に磨いていく。掃除は嫌いな癖にこういうことは率先してやりたがる承太郎の『面倒くさい』の基準がよくわからない。自分が過ごす部屋にももうちょっと愛着を持って―――。
「そうじゃねえって!」
 横道に逸れる思考に突っ込むと驚いてちょっとだけ目蓋を持ち上げた承太郎が不思議そうに首を傾げている。お前じゃない、いや承太郎の発言のせいではあるんだけど。
 自分で腹部に触れると確かに柔らかかった。指先は固いものにも触れたので筋肉が落ちたわけではないとも分かったが、まずい。これはものすごくまずい。ちらりと恋人を窺うと承太郎は相変わらずポーカーフェイスをちょっとだけ緩めながらポルナレフの体を綺麗にしていっている。その均等の取れた肉体と綺麗な顔はどこに出しても恥ずかしくない美丈夫だ。更に頬が引き攣っていく。
 ポルナレフは美しいものが好きだ。見事に咲き誇った花、数々の名画をルーヴルで鑑賞したこともあるし、試行錯誤しながら着飾る女性はもちろん、見た目も内面も気高い恋人のことも、自分の筋肉もそうだった。鍛え始めてようやく腹筋が割れた日には喜んで妹に見せにいっては暑苦しいから服を着てと怒られたこともある。それが今はどうだろう。腑抜けて堕落してしまった。このままでは筋肉までも脂肪になってしまう!
 そこからの決断は早かった、なにせやる事は一つだ。甘ったれて堕ちた精神ごと自分の肉体を鍛えなおそう、と固く決意する。何くれと抱き上げて世話をしたがる恋人の腰を守るためにも!
「……ポルナレフ?」
 トレーニングのメニューを考えながら低く笑う姿に困惑しきりの承太郎の声は、ポルナレフの耳には届いていなかった。
(2015.08/15)


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