△ リハビリに。承ポル+ジョセフ
△ 視点コロコロ&ぎこちない すみません


 カンカンと高い音を立ててアパートの階段を上っていく。豊かな髭を蓄えた老紳士は両手に大袈裟な荷物を抱えて尚息一つ乱れていない。すれ違った住人ににこやかに挨拶すれば目的の部屋はもう目前だった。太陽も沈んだ団欒の時間帯を選んで愛の巣を訪問するのはそっけない孫と中々顔を出さなくなった年若い友人への嫌がらせだ。
 半年ほど前、孫と友人が連れ立って自宅に顔を出したことがあった。いつもの涼しげな顔で「こいつと付き合っている」と知らされた時はひっくり返ったものだ。―――あまりの進展の遅さに!その数ヵ月前には落ち着かない様子のポルナレフと一緒に渡仏していたのでとっくにくっついたのかと思っていた。そう言えば茹で上がったポルナレフの方もひっくり返っていたなあ。孫の方はしれっと煙草をふかしていたが。やかましくぎゃいぎゃいやりながら青春を満喫している若人たちに妻と大笑いしたものだ。
 それからというものポルナレフはジョースター邸に顔を出さなくなってしまった。孫のアパートに身を寄せても何だかんだ訪問してきてはスージーと茶を楽しんでいたのに、ぱったりとだ。付き合いたての恋人同士、高揚感やら幸福やらで舞い上がっている時期だろう、暖かく見守ってやろう―――と思わないのがジョセフだった。初めて出来た孫の恋人、その相手は自分もよく知る人物。と来ればあれこれ突っつき回してやりたい爺心。妻は呆れた顔をしていたが最後にはせっかくだからと土産を持たせて「次はうちへ呼んでね」と見送ってくれた。
 尻ポケットからいそいそと鍵を取り出すと静かに開錠し、そろりそろりと扉を開けた。ちなみに鍵は緊急用にと預かっていたものだ。抜き足差し足…と明かりのついているリビングへ向かう。
「ハロォーご両人ンー!」
 軽快な声と共にドアを開けたが、そこには誰の姿もなかった。エメラルドの目を丸くする。キッチンから漂ういい匂いやテーブルには食器やシルバーが並んでいる事からデートの最中でもないようだ。首を傾げながら荷物をソファーに置いて耳を澄ますと、やはり人の気配がする。マフラーを外して静かな室内を歩き回った。バスルームとキッチンも隠れられるような場所はない。なんだかちょっとだけ嫌な予感はしたが、寝室のドアノブを捻った。
「承太郎〜…?」
 薄暗い室内にリビングからの明かりが差し込む。規格外の体格の孫がゆっくり眠れるようにと贈ったセミダブルのベッドには人一人分の膨らみがあった。良かった二人じゃなくて。ベッドにそうっと近寄ると眠っているのはポルナレフの方だった。穏やかな寝息を立てて随分と深く寝入っているようだ。
「こんな時間に熟睡していいのかァ〜?」
 いつもはびしっと決めている髪を下ろし俯せに枕を抱いている当人は声を上げても反応がない。もしやと思って額に手を当てたが平熱だ。せっかく二人の邪魔をしてしてやろうとうきうきしていたのに拍子抜けしてしまった。
 夕飯に手を付けてしまおうかと腕を組んでいると、男が寝返りを打った。仰向けになったお陰で口を半開きにしたなんとも言えない間抜け面と対面しぷっと吹き出しそうになり、その首筋が点々と赤くなっていることに気付いた。首筋だけでなく鎖骨や肩にまで歯型がくっきりと浮かび上がっている。…目が暗闇に慣れる前に寝室を離れれば良かった。後悔しても遅い。ポルナレフが寝入っている理由が分かってしまい、投げ出された腕をベッドに戻してやる。
「ん……じょ、たろ……」
 体を動かした事で覚醒したのだろう、目蓋を半分ほどこじ開けた男がひどく掠れた声を上げる。まだ眠いのか瞬きの感覚がゆっくりだ。目の焦点はぼんやりとしたままなのでまだ半分くらいは寝ているらしい。なんと返事をしたものか迷って口を噤んでしまった。
「こし、いてえ……ばか」
 罵倒しながらも声の響きが甘い。今更ながら本当に恋人同士なのだとわかっていたたまれない気持ちのまま立ち尽くしてしまう。
「………さすれよ」
 何も言わないことに焦れたのか、今度は拗ねたように緩慢な動作で俯せになった男は大義そうに呼吸している。まあ寝ぼけているみたいだし、元はと言えば孫のせいなんだろうし。しゃっきりして目が覚めたらからかってやろうとほくそ笑みながら言われた通り腰を、間違っても尻じゃあなく、ダウンブランケットの上から腰を撫でてやる。男同士でどうやってヤるのかなど興味もなかったが、腰が痛いと言っていたので、まあそういうことなのだろう。考えると途端に可哀想になって波紋で苦痛を和らげてやろう、と呼吸を整える。わしってなんて優しいおじいちゃん、と心の中で嘯きながら仄かに光を帯びた手のひらでゆっくり癒していく。
 ガチャ、バタン、と玄関の開閉音が聞こえたのはそれから間もなくだった。うとうと微睡んでいたらしいポルナレフも物音に気がついたようで顔を持ち上げている。気だるげに振り向いたポルナレフとようやく目があった。満面の笑みを浮かべてハロー、と手を振るとパカッと子供のように顎を落としたポルナレフは大きく息を吸い込み、
「ギャアアアアアァッ!」
「ポルナレフ!?」
 野太くて可愛くもない悲鳴を上げた。尋常ではないその声に乱暴な足音を立てて寝室へ転がり込んできたのは言わずもがな、孫の承太郎。背中にスタープラチナが出ているわいつものポーカーフェイスは完全に見る影がない。二人の見事な驚きっぷりに堪えることもできず腹を抱えて笑った。
 混乱に陥っているポルナレフに足蹴にされプッツンした承太郎に投げ出されるのは、涙が出るほど笑い続けたころだった。


「本気で追い出す事ないじゃろ!?」
「出禁にしねーだけ感謝しな」
 間髪いれずにぴしゃりと断言されるとちょっとだけ寂しかった。昔はあんなに可愛かったのに、と痛む背中をさすって泣き真似をしてみる。冷たい空気を纏った承太郎は振り返りもせずさっさと寝室へ引っ込んでいった。
 あの後状況を理解した承太郎は笑い転げるジョセフの胸ぐらを掴んで威勢のいい掛け声と共に祖父を玄関の外へと叩き出した。手を出した訳でもないのに大層お怒りになる孫の様子に全身全霊で恋をしてるんじゃなぁ〜と可愛く思うが、流石にこのまま帰っては妻にも怒られる気がするので、ドンドン玄関を叩きながら謝罪した。眉間に恐ろしいほどの皺を刻んだ承太郎がドアを開けてくれたのは数分後だった。
「なんだ爺さん、腰打ったのか?」
 相変わらずの掠れ声は承太郎に抱えられたポルナレフから発せられた。体格のいい孫に大人しく抱っこされている男の目元はちょっぴり赤くなっていて、これは承太郎がブチ切れるわけだと少し納得した。泣かせるつもりじゃあなかったんじゃよ、とむさくるしい二人から目を逸らしつつ心の中で弁解しておく。
「自業自得だ」
「手厳しいのう」
 ガラスの置物を抱えているかのようにそっとポルナレフを椅子におろしてキッチンに向かう承太郎の足音はドスドスと不穏だった。まだ怒りが収まらないらしい。肩を竦めて孫の口癖を呟くと赤い目尻がつり上がった。
「波紋流してくれたのは嬉しいけど、おれだって怒ってるんだぜ」
 顎をテーブルに乗せたポルナレフがぶすっと唇を突き出すと髪を下ろしていることもあっていつもより幼くみえる。思わず口元が緩んだ。夕食の準備をしている承太郎に聞こえないようにだろう、声が小さくなったので身を屈めて耳を近づける。
「承太郎が独占欲強えーの知ってるだろ?ご機嫌取り大変なんだから勘弁してくれよ」
「すまんすまん。あそこまで怒るとは思っとらんかったわ」
「最近はおれの世話も焼きたいみたいだから、直されて不満なんじゃあねーの」
 何をするにもひっつきたがって抱き上げたがるらしい。抱っこするのに最適な理由を奪われて悔しいやら辛そうな顔を見ずに済んで嬉しいやら、男心は複雑なようだった。怒られていたはずがすっかり惚気けられてしまった。
「何をこそこそしてる」
 顔どけろ、と顎をしゃくる承太郎が運んできたのはポトフとキッシュだ。愛娘の料理に育てられた孫がこんなに成長したのかと感動していると「作ったのはおれですう」とぶさいくな顔で釘を刺されるが、聞こえないフリをして晩餐に手をつけた。
「うんうん、美味いぞポルナレフ」
「だっろ〜?このハンサムが腕によりを掛けてんだから同然だがね!」
「バイト先でデザートのつくり方習ってるんじゃろ?今日はないのかね」
「図々しいじじいだなアンタは!」
 まだ目をギラギラさせてジョセフを睨みながら「あーん」で恋人に食事を与えている承太郎とは違い、ポルナレフはいつも通りの明るさだ。二人が意識し合ってる事に気付いたときはどうなるものかとハラハラしたが、なるようになったようで良かった良かった。
 おかわり!と叫べばおれの分がなくなるだろうが!という子供のような文句が飛んできて、やはりジョセフは大笑いした。


「じょーたろ…いつまで怒ってんの」
「……」
「ポトフ気に入ったんならまた作ってやるから機嫌直せよ〜」
「アポもなしに来るクソじじいにくれてやる必要はなかった」
「電話もろくにしねーから心配だったんだろ?タブン。突然来られたのはびっくりしたけどな」
「…寝室にまで勝手に入った挙句てめーをじろじろ見やがって」
「承太郎、あのな、おれの裸見て興奮する物好きなんざ世界に一人しかいねーの。おれは見られても痛くも痒くもねーから」
「それとこれとは別だ。惚れた野郎を見せびらかす趣味はねえ」
「おッ、〜〜〜おまえまたそういう…! 普段は言わねーくせに!」
「…、……言わねえ分態度で示してるだろ」
「そーだけど! それも嬉しいけど! でもちゃんと言われたら嬉しいだろーが!」
「……。そりゃあそうだな」
「だろ!? ……アレ、何の話してたっけ」
「さあてな。ポルナレフ」
「んー?」
 ちゅっ
「そこは好きだぜって言うところだろ!」
「…あとでな」
「ケチ!」

(2015.08/12)


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