「お前さあ、意外と世話焼きだよな」
 もう眠いだとか明日でいいと駄々をこねる男をなだめすかして風呂に入れ終わった承太郎は、煙草を咥えたままポルナレフを見下ろした。隙あらば全裸で寝ようとするので下着を履かせたはいいものの、目を離すと服が脱げているので油断ならない。裸で寝た次の朝、寒さに負けて腹を壊したのを忘れたのだろうか。いつの間にか行儀悪く蹴り飛ばされたタオルケットを肩まで引き上げてやる。
 すでに明かりをしぼってある室内は数十分前の淫靡さのかけらもない。大の男二人が寝転がっても余るベッドもきちんとシーツを張り替えて清潔だ。唯一情事の名残があるのはポルナレフ本人で、歯型や鬱血痕が白人特有の肌にくっきりと浮かび上がっている。くしゃりと表情を歪めて歯を立てるなと何度も注意されるが、行為中の抗議は大抵聞こえていない。というよりも、端から聞く気がない。意地っ張りが言う嬌声混じりの罵倒なんて睦言でしかないので、意を汲んでいるだけだ。
「てめえがだらしない、の間違いだろ」
 ベッドの端に腰掛けたまま、匍匐前進でにじり寄ってくる恋人の頭に手のひらを置いて紫煙を吐き出す。下ろされた銀色の髪の手触りを楽しんでいると胡座をかいた太ももにポルナレフがたどりついて、顎を乗せた。青い瞳は瞼に半分位隠されて疲労が見て取れ、少しだけ目を細める。無理をさせた白い背中をゆっくり撫でて慈しむと途端に自分の方が安らかな気持ちになって妙に居心地が悪い。赤い跡の残る肌から手を引いた。
「おれにも一本ちょうだい」
「今にも寝そうなツラして何言ってる」
「眠くない!」
 さんざん寝たいと駄々をこねていたくせに。そうため息を付けば蕩けた瞳が承太郎を睨めつけて、こんな時ばかり可愛らしく拗ねてみせるのだ。あまり見つめていると吸い込まれそうになるので、目を逸らして聞こえないふりをする。諦めないポルナレフからシーツをぱたぱた叩いて抗議された。気だるげに揺れている足がどこか艶やかだ。もう一つ嘆息して、半分ほど吸った煙草を差し出す。ポルナレフは文句も言わず、深く煙を吸い込んだ。
「んー」
「満足したんならとっとと寝ろ」
 二度、三度、ゆっくりとニコチンを染み渡らせ、その煙を味わおうと瞼が伏せられる。空を溶かし込んだ瞳が再び覗いて煌めく。
「なんか、目ェ冴えちまった」
 もう少し話そうぜとねだる声がベッドの上を弾んだ。さらさら溢れていく銀髪が顔の輪郭をぼやけさせていてどこか影のある表情に見せている。艶のある表情に引き付けられる前に、吸い尽くされた煙草を取り上げて灰皿へ押し付けても、脚に乗った体は退かない。
「おれは眠い、どけ」
「嘘つき!」
 力任せに肩を押しやって足を伸ばすと、ポルナレフが高い声で不満を漏らしながら広いベッドへ転がる。無邪気な恋人は吐息を漏らして低く笑っては投げ出した脚に抱きついてくる。何が楽しいのか承太郎には分からなかったが、宣言通り大人しく眠る気はないようだった。もう一度ため息が漏れる。
 黙殺しようとシーツに背中も預けて眠る体勢に入ってみてもどこ吹く風、脚の筋肉をふくらはぎから爪先へなぞって遊びはじめた。服の上からゆっくりと、輪郭を確かめるように滑る指先は性的な匂いはなく子供の動作に近くて、こそばゆい。恋をした欲目なのか、ゴツイ男だと分かっていても、ポルナレフが薄く微笑みながら俯いているとすっきりとした鼻筋や長い睫毛が際立って儚げにも見える。観察すればするほど、整った顔をしていると思うのだ。顔に惚れた訳でもないのでわざわざ口に出しはしないが。
 咎めもせず好きなようにさせていると手遊びは飽きたのか、再び匍匐前進で顔を近づけてくる。腕の筋肉だけで動くのが自分の無茶のせいだとようやく気付いて手を貸そうとしたが、ポルナレフの顔が胸元に突っ込んでくる方が早かった。鈍い音と共にぬくもりが押し付けられる。
「じょうたろお〜」
「なんだ。痛ぇぞ」
「……んふふふ」
 なんだってんだ。疲れでハイになっているのか、密着したまま喋るので笑い声すらも不明瞭だ。温い体を片手で抱き寄せる。
「まだ寝るなよ」
「てめーおれが学生だと知ってる上でそんなアホなこと言ってるのか」
「不良のくせにいい子ちゃんぶりやがって!」
 項に付けた歯型がまだ血の色をしている。本人は気にした様子もないまま言葉を続ける。
「じゃあ子守唄歌ってくれよ。そしたら寝る」
 髪と遊ばせていた指先が、ひたりと止まった。
「………」
「承太郎?」
 悪意のない瞳が今は恨めしかった。口を封じるつもりで両腕に力を込めた。
「…寝ろ」
 声の響きが変わったのが、自分で分かってしまった。同時に腕の中の恋人がいやな笑みを浮かべたことも。舌打ちしたくなるのを抑えてため息をついた。
「いいだろそれくらい!歌ってくれよ〜、歌えって!」
 無理矢理に拘束を抜け出して起き上がったポルナレフが、それはそれは面白い玩具をみつけたと言わんばかりに目を輝かせている。ついにチッと舌を鳴らして背を向ける。
「やかましい。蹴り落としちまうぞ」
「聞きたいなァ、ミュージシャンの息子の歌声!」
「いい加減に、」
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」
「………、…」
 畳み掛けるようにねだられて眉間に力がこもる。のしかかりながら覗き込んでくる瞳は澄んでいて、こんなときでも綺麗だった。吐息が触れるほど近い。もう一つ大袈裟なほどため息をついて、そっと音を紡ぎ出す。衣擦れにかき消されそうな程小さな声で、そっと。
 すると突然、ポルナレフがか細い歌を無粋な笑い声で上書きした。
「お、おま、おまえ、音外れ、」
「それ以上言ったら、一週間は歩けねえくらいに犯す」
 音痴の自覚があるから歌うのを渋ったというのに、遠慮も糞もなく笑い飛ばした恋人をじっとりと睨み付ける。すでに歌うのをやめた声は地を這うように低くなっている。それでも肩を揺らして笑うポルナレフは止まらなかった。承太郎はさすがに腹が立って、覆いかぶさっている体をシーツへ突き飛ばした。
「オッケーオッケー、このポルナレフ様が特別講師をしてやるよ!おれに習えば歌うだけで女の子が落ちるようになれるぜ!」
「いらねえ」
「そう言うなって。歌えて損はしないぜ?例えば記念日にだな―――」
 ふつ、と理性の糸が切れる音がした。にまにまと口元を緩めて寝言を続けるのを無視してその体を組み敷く。淡い間接照明に照らし出された肌は、承太郎には極上のご馳走にしか見えない。
「……あ?」
「それ以上言及したら犯す、と言ったはずだ」
 鎖骨に噛み付くと、ようやく本気でなだれ込む気なのだと悟ったポルナレフが四肢をじたばたと動かしはじめる。それを腕や脚で抑え込んで筋肉を舌でなぞる。
「いやいやいや、ついさっきしたばっかだろ!?いくらおめーが若くてももう無理だろ!」
「それじゃあ無理かどうか、試してみるとするか」
「マジに言っ…!?ッわ、おいバカやめ……!」
 意地っ張りの睦言も悪くはないが息も絶え絶えに鳴く様が好きでもあったので、唇を唇で塞いで呼吸を奪った。


「おれに歌は必要ねえな。歌わせる方が性に合ってるようだ」
「……、……ばか…やろう…」
「聞こえないな」
「おまえ、……きらい……」

(2014.11/18)
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