「デートに誘いたい?」

 素っ頓狂な鸚鵡返しに何を思ったのかはわからないけれど、友人はバツが悪そうに学帽の鍔を下げた。店の外からはジイジイとやかましい蝉の鳴き声が聞こえてきてこのぎこちない空間をさらに居心地悪くさせている。

 母に聞かれたくない相談事がある。そんな切り口で喫茶店に誘われた。涼しげな目元から焦燥が感じ取れて、神妙に頷いたのは今朝のことだ。冷房なんて小洒落たものはない教室に残されて、すわスタンド使いに関することかと今日一日張り詰めて過ごした自分が馬鹿らしくなった。

 ため息をつくのだけは堪えて背もたれに体を預ける。彼にとっては頼みの綱であるぼくがやる気をなくしたと思ったのか、理由をぽつぽつ語りはじめる。その姿は見る人によっては『ギャップが可愛らしい』とか『純情でいい』と感じられるんだろう。あいにくのところぼくには素質がないようで、彼の言葉に頷くのが精一杯だった。

 ジョースターさんに尋ねるのは相手を尋ねられた上に数年後に至るまでからかわれそう。アヴドゥルは真面目に答えてくれるだろうが、如何せん歳が離れていて恋愛相談をするのは尻込みする。まず会って話すのにも時間が掛かる。気軽に電話できて適任そうなポルナレフは誘う相手だから除外。

 そこで白羽の矢が立ったのが、

「ぼくだった、って訳かい」

「……まとめりゃあ、そういうことだな」

 2メートル近い体を縮こまらせて目の前に座るのはこのぼく、花京院典明が敬愛する友人である空条承太郎だった。意思の強そうな眉、物怖じしない瞳、スッと通った鼻筋を見てもらえばわかる通り男からみても『顔立ちの整った男』だ。なんならファンの女の子で宗教でも作れそうなほど女子に大人気の彼が、ごつくてむさくるしい成人男性に心を奪われていると知ったら彼女たちはどう思うんだろう。同性愛に偏見があるわけではないが、つい飛躍しそうな思考を戒めつつ、重い口を開いた。

「とにかく承太郎が本気で悩んでいるのはわかったさ。ホリィさんに聞かれたくないって理由もね。でも考えてみてくれ、友達すらろくに居なかったぼくがデートコースに詳しいってちょっとでも思ったのか?ぼくが恋に悩んで色男のきみに相談するっていうがしっくり来るよ、ひと気のない告白スポットなんか詳しそうだし。とにかく、恥ずかしがってないで素直にジョースターさんに頭を下げた方が建設的だし有意義だ」

 はあ、と演技がかった仕草で肩を落とすと承太郎は無言のまま煙草に火をつけた。依然として視線は逸らされたままで何を考えているかはわからない。ちょっと嫌味ったらしかっただろうか。繰り返すが彼の恋心に偏見があるわけではない。世間体云々よりも恋を応援したいし、小難しい事よりも友人を祝福したいと思っている。椅子に座り直して言葉を続けた。

「まあでも、頼ってきてくれた友だちを無碍にする訳にもいかないだろう。管轄外のことではあるけど、できるだけ力になるよ」

「…悪ィな、花京院」

 紫煙を吐き出して呟く姿はさまになっている。ベルを鳴らして入店してきた女性客が友人に見蕩れるのを視界の隅に入れて、机に身を乗り出して声を潜めた。

「正直言ってきみに頼られて悪い気はしないからね。相談の内容はともかくとしてだけど。まずは…ポルナレフがこっちへ来るのが、来月だっけ」

「おう。うちへ泊まっていくことになってる」

「なら時間はあるのか。デートスポットっていうと映画館、遊園地、動物園…?」

 自分で場所を羅列しておきながらちょっと眉間に力が入った。日本人離れした大男たちが恋愛映画で寄り添ったりとか観覧車ではしゃぐとか、その場に居合わせたらできる限りご遠慮願いたい光景だ。承太郎も想像したのか苦い顔をしている。

「夏だし無難にお祭りは?」

「祭り、か。あの野郎、浴衣を着た女共を片っ端から口説くんじゃあねえか」

「それを言ったらどんな場所でも同じじゃあないかな」

 美人には声を掛けなくちゃ失礼だろ、と豪語するポルナレフは旅先でも女性に話しかけてはアヴドゥルとやりあっていた。ぼく自身軽薄なヤツだと思っていたものだ。デートと称すからにはそのへんをどうにかやめさせたいのだろうが、彼の性分だと諦めるしかないだろう。

「君が目を光らせていればいいだろう」

 投げやりに答えると承太郎はまた押し黙った。硬派な友人は真逆のフランス人にどうして恋をしたのか疑問だ。どちらかと言わなくても軟派だし、ぎゃあぎゃあとやかましいし、笑ったと思えば簡単に怒るし、理性的で思慮深い承太郎とは裏腹に猪突猛進なポルナレフ。危なっかしくて目を離せないといえば共感できるが、彼はそんなところを可愛いと思うんだろうか。自分で想像して、後悔した。

「あとはもう、海とか」

「海」

 考え込んでいた様子の承太郎が確信めいた響きで反芻する。水着の女性が居たら落ち着いて話もできないんじゃあないかとも考えたが、本人はしきりにデートプランを練っているようだ。

「花火に興味があると言っていたから、買い込んで夜に行くのがいいかもしれねえ」

 どうやら彼の中で案が纏まったようだ。ほっと一息ついて、店員を呼び止めてデザートを頼んだ。振り回された仕返しに新しく火を付けた煙草を咥える友人に伝票をひらひらと振ってみせる。

「ご馳走様」

「……おう」

 恋が上手くいけばいいと思う。しかしそれはそれ、これはこれ。運ばれてきたケーキにかぶりついて舌鼓を打つ。相談なんて大したことは出来なかったが、これはちょっとした対価だ。ぼくは純粋な少年なので交際がスタートしたら素直に祝福しよう。友人の幸せは祝われてしかるべきなのだ。周りを巻き込んでも、焦れったくっても。





 「みんなでやったら盛り上がるだろ?」という号令の元、ぼくだけでなくホリィさんまで巻き込んだ浜辺での花火合戦は、そりゃあもちろん楽しかったけれど。

 承太郎の恋が成就するのはまだ先だなと乾いた笑いを浮かべる。きゃあきゃあ騒ぐ白人二人を尻目に煙草をふかす承太郎が哀愁を漂わせていて、ぼくは心の中でそっとエールを送るに留めた。夏の夜は風が吹いてもまだ暑かった。

(2014.04/03)
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