ツッキーがすごく頭がいいからわからないかもしれないけれど、俺だって人より本は読む。こう見えて本を読むペースだけはツッキーよりもずっと早い。だからよく一人で図書室に足を運ぶことも多い。今日も今日とて、昼休みに少し古い文庫本を漁っていた。
「なあ、知ってるか?図書室に妖精が住んでるんだとよ。」
「なんだよ急に。」
「気づいたら届かない本が手元に下りてきてたり、気分にドンピシャの本が床に落ちてたりするんだと。」
「へえ、七不思議みたいだな。」
棚の向こうを男子生徒が通り過ぎた。妖精か、ツッキーに言ったら鼻で笑われるんだろうな。そんなことを考えているうちに、周囲から人の音が途絶えた。どうやら昼休みも終わりに近いらしい。借りるのはまた今度にしよう、家には読む本も未だ残っている。そう思って出入り口へ向かった。するとカウンターにやけに輝くものがあることに気付いた。カーテンから差し込む日差しを受けて虹色に輝いているのは、誰かの背中だった。興味本位で近づいてみるとカウンターに突っ伏して一人の女の子が寝息を立てていた。上靴の色から、彼女が一年生であることだけはわかった。
(誰だろう…、同じクラスの子ではないけど。)
ふと背中を見ると、太陽の光を反射する輝きの正体が目に入った。
「・・・綺麗。」
女の子の肩にかかっていたのはもはや透明に近いストールだった。虹色に光は反射しているものの、若草色がベースになっていてとても落ち着いている。悪いとは思いつつ手に取ってみるとそれは恐ろしく軽かった。手触りはシルクのようになめらかで、しかしこれはシルクではないとはっきりとわかる。
「んぅ・・・」
女の子が静かに身じろいだ。思わず手にしたストールを落としてしまう。慌ててそれを拾おうとすると不思議なことが起きた。ストールが、風もないのにふわりと浮いたのだ。
「え?!」
ストールはそのまま少女の肩にかかった。周囲からくすくすと笑い声が聞こえた。
「だれ?誰かいるのか?」
(みんなは私のことを図書室の妖精って呼んでるわ。実際は違うのだけど。)
ホットミルクに蜂蜜を溶かしたかのような甘ったるい声が頭に響く。
「そんな、図書室の妖精だなんてそんなのただの噂だったんじゃ・・・」
(ぜーんぶ、私のことよ。その人が探してる本を隠しておいて、見つけたときに見せるあのほっとしてる顔が好きだからついつい悪戯しちゃうの。)
半信半疑だった。俺には声しか聞こえないから、もしかしたら夢を見ているんじゃないかって。だったら早く飛び起きてすぐに教室へ向かわなきゃ、授業に遅れてしまう。
(私ね、今日あなたにお願いがあって出てきたの。)
何故だろう、その声があまりに必死に聞こえた。姿は見えないのに、困った時の清水先輩のような顔をしているんじゃないかと思うくらいに真剣な声色だった。
(この子は苗字名前ちゃん、この子が小さい頃からの私のお友達。覚えてないかな、小さい頃この子とあなたが出会っていること。)
「そんな、俺女の子の友達なんて・・・」
言いかけて、止まる。俺の記憶の片隅に、女の子がいることを思い出した。何故か一人で公園で遊んでいて、シロツメクサが咲き乱れる中一人で座っている女の子を見つけた。話しかければにっこりと優しい笑みを返されて、その日はずっと二人で遊んだ。でも、それ以来その女の子とは会うことはなくてずっと忘れていた。
「まさ、か・・・あの時の女の子が・・・?」
(思い出してくれた?あの時、私思ったの。名前ちゃんを幸せにしてくれるのはきっとこの男の子だって。)
「え、幸せって、ちょっと待ってよ!俺なんかよりもっともっと頼りになる人いるじゃん!」
(あなたじゃなくちゃダメなの、ヤマグチ君。)
真剣みを帯びた声、揺れる心。
(大丈夫、あなたたちはまだ出会っていないも同然だもん。どうせだったら、ロマンチックに出会いましょう?)
再びくすくすと笑い声が響いたかと思えば、窓から花弁が吹き込んできた。ストールはいつの間にか姿を消し、女の子は静かに目を開いた。
「花弁・・・?」
うつろな目が俺に向けられる。その目に胸が高鳴った。あぁ、俺、この子に恋に落ちなくちゃいけないんだ。自分らしくないけど、運命って言葉が自然と頭に思い浮かんだ。
「だあれ?」
とりあえずのところ、
「俺は山口、山口忠。君の名前は?」
彼女の言ったようにロマンチックな出会いから始めてみよう。
(そうそう、それでいいのよ。)
妖精の声が聞こえた気がした。
ワイルドストロベリー・コンフィチュール
あなたへの気持ちをじっくり煮詰めて瓶詰に。
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