最近私にはある悩み事がある。

別にお金にも困ってないし、友人にも恵まれてるし、長らく私の片思いだった人とも結ばれることができた。ここだけ聞くと、すべてが順風満帆と言っても過言ではない。
けれど年頃の乙女の悩みといえばやはり恋愛に関するもので、つまり問題はその恋人なのだった。

「ねぇ、クロロ」

「…」

「ねぇ、聞いてる?」

「………ん?あぁ、聞いてない」

「いや、聞いてないじゃなくってさ、」聞いてよ。

せっかく思い切って告白してようやく恋人と言う地位までたどり着けたのに、付き合う前と後でクロロの態度はほとんど変わっていない。
団員にはちゃんと彼女として紹介してくれたものの、こうして二人きりで過ごしていてもいつも読書ばかり。仕事なら少しは我慢できようが、それは明らかに趣味だった。

「もうクロロなんて知らないからね!私一人で出かけてくる」

「…あぁ」

「ほんとにほんとに知らないから!」

ここまで言っても顔をあげてくれすらしない彼に、怒りよりも悲しくなる。
ちらりと本の背表紙を見れば『ロマノフの妖精』なんてファンタジックな題名で、なにが妖精よ!と名前は内心毒づいた。

─私なんかどうだっていいんだ。

とにかく何かにこの気持ちをぶつけたくてわざと大きな音を立て、部屋の扉を思いっきり閉めた。





しかし残念ながら名前は、大人しく凹んでいるような性格ではなかった。
なんとかあのクロロに意趣返ししてやろうと、一人になった時間で頭を悩ませる。もちろん意趣返しと言っても単に嫌がらせをしたいわけではない。名前はクロロの注目を引きたかったのだ。

そこでアジトへと戻った名前は、いつもならうるさいくらいにただいまー!と叫んでクロロの部屋に押しかけるのに、今日はそれをしなかった。
代わりに、誰にも気づかれないようにこっそりこっそりと自室へ向かう。
もちろんあくまで気づかれないように、なので本当に気づかれないと困るし、クロロならきっと名前が帰ってきた気配を察しているだろう。

案の定しばらくたっても自室に引きこもっていると、数度のノックの後、扉が開けられた。

「まだ怒ってるのか?」

まるで駄々っ子を嗜めるかのような声色に、すぐに言い返しそうになるがここはぐっと堪える。そして慌てて両手を後ろ手に隠し、動揺した風を装った。

「お、怒ってないし。もういいから出てってよ」

「……何を隠した?」

「何も隠してない」

「……なら、その手はなんだ」

まぁ、自分でも怪しすぎるくらいに怪しいので問い詰められても仕方が無いと思う。しかしここまでは作戦通り。突き放すように「ほっといてよ」と口を尖らせた。

「名前、俺に隠し事をするのか?」

「……だってどうせ信じてくれない」

「何を?」

「……」

「……名前、」「わかった、言うよ」

自分は干渉されるのを嫌がるくせに、どうしてこっちにだけこんな高圧的なんだろう。まぁその性格を考慮してのこの作戦だから問題ないのだが、今確かにクロロは名前に興味を示している。

名前は小さな虫を逃がすまい、とする要領でゆっくり手を握ったまま片手ずつ前に出し、それを重ね合わせた。

「よ、妖精……捕まえたの」

困った顔で彼を見上げれば、これでクロロが笑ってくれるんだとばかりと思っていた。
彼が読んでいた本の題名からヒントを得てこんな狂言を言ってみたが、嘘なのは明白。そこまでして気を引きたかったのかと、伝わればそれでよかった。

しかし案に相違してクロロは真剣な表情になると、笑うどころか瞳をきらりと輝かせた。

「本当か、それは」

「えっ」

見せてくれ、どんなやつだ、と寄ってこられて、思わず名前は後ろに下がる。想定していたのと違った。クロロは妖精なんか信じてないと思ったのに。

けれどもこんなにワクワクされては、今更嘘だとも言いづらい。「ま、待って!手を開いたら逃げちゃうから」どうしよう、頭の中はその言葉でいっぱいだった。

「だったらどうするんだ、お前はずっとそうやって手を握っているつもりか」

「え、いや、その……」

「わかった、シャルに何か方法がないか調べさせよう。お前は手を離すなよ」

「待って待って!シャルはダメ!」

そんなの、シャルに言ったら大笑いされる。名前だけならまだしもクロロまで馬鹿だと思われる。第一、シャルどころかまともな人なら誰だって鼻で笑いそうなのに、よりにもよってなんでこの人はあっさりと信じたのか。
それもこれもあんな本ばっかり読んでるからだ。

「心配するな、そこにいろ」

「待ってよクロロ!ごめん、ごめんってば!」

他の団員のところへ行こうとするクロロを名前は慌てて追いかける。けれどもあまりにも焦っていたせいか、足がもつれて派手に転んだ。「おい、大丈夫か」助け起こされてから気づいた。私の両手はもう閉じられていない。

「あっ……ごめ、ごめんなさい」

「……」

「クロロ、違うの、本当は」

本当は妖精なんていなかった。

軽い冗談のつもりで言っただけに、クロロをがっかりさせてしまったらとても悪い。それだけならまだしも嘘つきだって言われるのはもっと辛い。
恐る恐る彼の反応を伺うと、しばらくの沈黙の後、クロロは盛大に吹き出した。

「っ、あはははっ」

肩を揺らし、口元に手を当て、こんなに笑っているクロロは初めて見た。状況が飲み込めなくてぽかん、としていると、やがて落ち着いたのかクロロがニヤニヤしながら口を開く。

「いい焦りっぷりだったぞ」

「それって、つまり……」

「俺を騙そうだなんて100年早いな」

「……っ!クロロのバカ!」

からかっていたつもりが、からかわれていたのは自分だった。安堵と羞恥でアワアワしていると、またクロロは思い出し笑いを始める。
確かに妖精は冗談だったけど、構って欲しかったのは本当なのに。
名前はくるり、と踵を返して自室に駆け込もうとした。が、

「……離してよ」

クロロに腕を掴まれ、逃げることもままならない。
そして腕掴まれただけではなく、彼の手はそのままするすると滑り、名前の手を握った。

「なんなの」

「構ってやらなくて悪かったな」

「別に私は……」

「あれだけ大騒ぎしておいて今更シラを切るのか?」

くすり、と微笑んだクロロに、名前はかあっと赤くなる。恥ずかしい。悔しい。こんな時だけ本当にずるい。
照れ隠しにわかったからいつまで手を握ってんの、と返せばまた彼は笑う。

「手を離したら、妖精が逃げていくだろ」

「……クロロのバカ」

どうやら、どう頑張っても彼には敵わないようだ。

「皆にはこの話秘密にしてね」

「あぁ、笑われるからな」

手と手の隙間に閉じ込めた秘密は、二人だけの秘密にしよう。
とはいえしばらくはこのネタでからかわれるのかなぁ、と思うと、名前は少し憂鬱になった。

   
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