ギラギラと太陽が眩しい季節である夏、俺は中庭に設置されているベンチに寝転び陣取っていた。
しかも、日陰もないこの炎天下の中を。
仰向けで寝ているせいか太陽の光が顔に降り注ぎジリジリと痛みを感じる。
本当はそんな所にいたら身体に悪いのだろうけど、暑さのせいで動くのも嫌になった。
誰か俺の頭上にパラソルをさしてくれないかな、なんて思ってみるが当然無理な話。
そんなことを考えている時だった。
突然バシャンと音を立てて俺の顔面に生温いものが叩きつけられる。
驚いて身体を起こせばクスクスと楽しそうに笑う苗字と目があった。
俺はほぼ全身ずぶ濡れ、放っておけばすぐに乾くなんていうレベルではない。
「何するんだよ!?苗字!?」
「だって干からびちゃいそうだったから」
苗字がバケツを持っていたので生温いものの正体が水道水だと分かる。
恐らく、この炎天下や気温のせいで水が温まってしまったのだろう。
それにしても、俺に水をかけておいて悪びれずに笑う苗字に呆れた。
そもそも、こんなことをする女子は普通いない。
「今日も暑いよね」
「つか、俺びしょ濡れなんだけど、どうしてくれるの!?」
「あっ、タオルあるよ」
俺に向かって苗字がタオルを投げて渡してくる。
この用意の良さで確信した。
苗字め、始めから水をかける気でいたな。
「あーあ、乾かねえよなぁ」
「でも、少しは涼しくなったんじゃない?」
「そういう問題じゃないよね!?これ!?」
俺が抗議の言葉を言っても苗字は笑って返すだけ。
もう何を言っても無駄だろう。
俺は諦めて苗字から渡されたタオルで頭や身体を拭く。
そんな俺を気にもせず、苗字は俺の隣に座ってアイスを食べ始める。
俺はもう苗字をじとっと睨むことしかできなかった。
「苗字って酷いよな」
「ん?そう?」
「うん、かなりひでえよ」
「あっ、コガの分もあるよ」
はい、と言って俺に差し出されるアイス。
思わず俺の頬が引きつった。
俺が言いたいことはそうじゃないのだが、苗字には何故か通じないらしい。
「……ありがとな」
渋々アイスを受け取り、口に入れる。
全身ずぶ濡れの状態で食べるアイスは夏とはいえど風邪をひいてしまいそうだ。
しばらくお互いに無言でアイスを食べ進む。
そして、最後の一口を口の中に放り込んだ時に苗字が空に向かって手を伸ばした。
「眩しいね」
苗字の指の隙間から太陽の光が溢れてくる。
その溢れてくる光でさえギラギラと輝いていた。
気がつけば俺の制服も乾きつつある。
あれだけずぶ濡れだったから諦めていたのに、今日はどれだけ天気が良いのやら。
「雨でも降らないかなぁ」
空に向かって伸ばしていた手を、苗字がぼんやりとそんなことを言いながら振りかざしていく。
その指先を辿るように雲が綺麗な尾を引きながら流れていった。
「無茶言うなよ」
「でも暑いんだもん」
「夏だから仕方ないじゃん」
「コガなんて嫌い」
最後の捨て台詞は関係ないと思うのだが、そう思うのは俺だけだろうか。
それにしても苗字は我儘だ。
俺の複雑な気持ちに気づかない苗字はまだ空を眺めている。
苗字が何をしたいのか分からず、思わず溜息を吐いた。
その直後、苗字が突然ベンチから立ち上がる。
何事かと思って苗字を見上げれば、苗字は嬉しそうに笑いながら俺を見下ろした。
「来る」
何が、と問う前に俺の頬にポタッと何かが落ちてくる。
先程まで太陽がギラギラと輝いていたのに、そんなことはなかったかのように空が分厚い雲で覆われていく。
ポタポタと落ちる程度の雨粒が次第にバケツをひっくり返したような雨に変わっていった。
「ほら、雨が降ったよ」
「言ってる場合じゃないよなっ!?」
苗字の手を引いて校舎の中へ戻ろうとするが、何故か苗字は動こうとしない。
せっかく乾き始めていた俺の制服はまたずぶ濡れになっていく。
それは勿論、苗字も同じこと。
「コガ」
ずぶ濡れになりながら苗字が俺を呼ぶ。
返事の代わりに苗字に振り向けば、苗字は目を細めて笑っていた。
「ほら、これで涼しくなるでしょ」
「涼しくなるどころか風邪ひくっての! 」
「いいの、風邪ひいても」
「よくないだろ!」
「だって…」
そこで言葉を一度やめ、苗字の視線が空に向けられる。
先程太陽に手を伸ばした時と同じようにまた空に向かって手を伸ばす。
「そうすれば、あなたは太陽ではなく私だけを見ていてくれるでしょう?」
雨の中、苗字が駆け足で校舎の中へ戻っていく。
ずぶ濡れになりながらも俺に振り向いて笑みを浮かべる苗字の姿に何故だか目が離せなかった。
だって、その姿はまるで太陽にヤキモチをやいている雨のような存在に見えたから。
素直になれないお人形
太陽を雨で隠してしまうのは彼女が俺に振り向いてほしいから。
言葉では素直に言えずに悪戯ばかりする彼女は差し詰め「雨の妖精」ってやつだったりして。