はあ、と重く溜息をついた。俺の周りをくるくる飛んで、楽しげに笑っていて、時々悪戯をしてくるこの妖精。俺から妖精って聞いたところでみんな信じない。それに、俺以外見えていないらしい。俺の片手に収まるくらいの大きさで、白い肌に細長く伸びる手、服装は簡素なもので緑色のワンピース。髪の毛は金糸のよう。いい加減煩くなって腰あたりをつまんでみると、妖精はキーキー言う。

「うるさいんだけど、授業中だから静かにしような」

顔を近づけて言うと、妖精は腕を組んで、自分を大きく見せるが俺には何の影響力もない。不満げな表情で俺に文句を言おうとしていたが、俺がにらみを利かせる。そうすると妖精は大人しくなった。ちなみに妖精には名前がないらしい。

「うるさいって、酷いわ。寂しげなあなたを」

「寂しくねぇ、ちょっと黙れよ…はあ」

こいつなりに気を使ってくれている。うれしいが、授業中はうるさいに限る。俺は妖精をつまむのではなく、左手に乗せて額にくっつけた。後ろの席でよかった、前の席だったらただの変人になってる。小さい声で俺は言う。

「ふふん、分かればいいのよ」

「ホント可愛くねぇ奴だな、お前って」

そう言って、悪態ついても俺は心の中で願った。もっとこいつといれますように。

「へへ、雪成は寂しがりやね」

「うるせ、ちょっと静かに」

突然、こいつを見ることができて、最初はうるさくてめんどくさかった。けど俺の気持ちに沿ってくれる。俺が喜んでるときは俺以上に喜んで、寂しいときはいつもそばにいてくれた、つらいときは逃げるなと諭してくれる。悲しいときは頑張らなくていいと言ってくれる。去年のインターハイメンバーになれなかったときはずっとそばにいてくれた。自転車くらい早く飛べないくせに、いてくれた。だったら、突然見えなくなってしまうんじゃないかって怖くなる。
何も反応しない俺を見かねた妖精は「雪成、そろそろ当てられそうだよ。あの先生、こっち見てる」なんて言ってる。俺は「そうだな」って答えた。



無事に大学進学が決定して、荷物をまとめているときだった。喉が渇いたから、飲み物買ってこようとした。妖精はついてこない。妖精はくしゃくしゃになった紙くずを一生懸命運んだり、ほこりまみれになった体をはたいていた。時折くしゃみをしたり、咳払いする。

「行かないのか、お前の好きなサイダー買ってやるぞ」

普段ならすぐに飛びついてくるのに、今日は大人しい。さくらんぼのサイダーが好きだから、いっつもついてきてきーきー俺に命令してくるのに。ちょっとした違和感を持った。

「…うん、いいの」

「ふーん、じゃあそこら辺散らかすなよ」

「うん」

俺はそのまま、携帯と財布だけポケットに入れてコンビニへ向かった。
それが妖精との最後だった。

ぽっかりと胸の中にあいた穴は、隙間風ばかりとおる。帰ってきて必死に探した、けどどこにも見当たらない。悪戯してくるあの妖精はどこにもいない。きーきーうるさかった声が聞こえない。鬱陶しいくらい見てきた金髪の、緑のワンピースを着た、羽の生えた妖精はどこにもいない。



「へえ、クソエリートでもロマンチックなこと言うんだな」

荒北さんはそう言ってお冷を飲んだ。高校からの先輩で、不本意ながら今も先輩だ。同じ大学だから仕方がない。俺の高校時代の妖精の話をすると荒北さんは笑わずに聞いてくれた。そういうところは優しいと思う。普通だったら精神異常者なんて言われてる。

「…まあ、俺が悪いんスけどね」

「…話変わるけどよぉ、今日、面白いやつ来るから」

そう言って俺を元気づけてくれる。誰だろう、金城さんや待宮さん以外なら誰だろう。荒北さんは案外交友関係が広い。だからその中でも面白いと言われる人はどんな奴だろう。

「あ、ちなみに女だから、ナンパすんなよ」

「しませんよ、アンタの女スか」

「の、予定」

「はあ?」

そう言ってゲラゲラ笑っている荒北さん。いっつも俺をおちょくってくるからどこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからない。そんなことを思っていたら、コツコツとヒールの音が聞こえて振り向くと「よお」と荒北さんが言う。その人は黄緑色の春らしいワンピースに、金色の磨かれたヒール、すらりと伸びた白肌の手足。金糸の髪の毛。妖精だ。

「荒北、金城君呼んでたよ、そっちに行って」

「マジか」荒北さんは素押しだけ驚いてすぐに立ち上がりその人から過ぎ去った。「あの…」なんて、自分らしくない声を出した。なんて情けない声だ。女の人はくすくす笑った。あの妖精と同じ声音だ。けど、この人は俺の手のひらに収まるくらいの大きさじゃない。

「久しぶりだね、雪成。私、大きくなったよ。ブルーフェアリーのおかげで人間にしてもらったの」

何も声が出ない、ただ、ゆっくりと近づいて抱きしめることで精いっぱいだった。

「ブルーフェアリーにね、魔法をかけてもらったの。対価は雪成の溜め息3.5gを瓶詰したものなんだ。すごいでしょ、まだ魔法使えるの!」

「あーもう、いいから黙って。きーきーうるせぇよ…。すっげぇいいムードだったのに。お前ってムードぶち壊すの得意だよな…はあ」

   
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