本が盲目的に大好きなのは幼い時から変わらない。ぶれる事もない様子からして、一途に本へ恋しているようだと幼馴染はせせら笑うように口にしていたワンフレーズは忘れてない。

一人で黙々と本を読んで、物語に入り込むときが一番幸せで、生きてる心地がする。


一つ一つの物語で生きているのは主人公、主人公を生かして読むのは私の仕事だって、変な義務感を感じながら字の羅列を眺めていた。


不意に昔のことを思い出して悲しくなった。



飛び込んできた文字に、人魚という部分があったのだ。人魚はヨーロッパ地方で生息していたものと、アジアで生息していたと残されている。各々、人魚に値する扱いは異なるが、下半身が魚のような異型だというのはどこでも合致している。美しい容姿と誰もが魅了される歌声で船乗りたちを誘惑する生き物。子供たちには人魚姫など、抽象的に描かれたものがよぎるだろう。

だが、しかし。私が伝えたいことはこういったことではない。



昔からこんなに難しい字を読めた訳ではないのは、説明しなくてもわかるだろう。読めない字がある本は、お父様やお母様が呼んでくれていたけれど、子供を預かることを目的とした園に入っているときは唯一の大人、先生に頼むしかない。だが、先生は私の専属じゃない、平等に預かる空間の中だ。約束をして順番を待つのが掟。

たくさんの子供に囲まれてもみくちゃにされている先生に私は勇気を振り絞って声をかけた。


「先生、これ読んで」


両手で差し出した大きな本は淡い水色をベースにした表紙。キラキラを金箔がところどころ貼られていて、ファンシーな絵が印象的だった。私のお気に入りの本になればいいなと思って、先生に読んでとせがんだ。
期待と裏腹に先生はさも残念そうに顔を歪めて、私に本を優しく押し返した。こういうのを、なんていうんだっけ、お母様。


「ちょっと待ってね、先生今手が離せないの」

「うん、わかった」

「周りの子より、聞き分けがよくて助かるわ」


先生は私をそんな使い古された言葉一つで頷くと勘違いしていた。けど、その勘違いを通すのが私の性格。

影が薄くて、目立つことなんて内、ほうって置かれてもいいような扱いはなれていたのに、教室の端っこで本を抱えて泣いていた。誰も気づかない、気づいてくれない、見えなかったとか言って。

忘れられた私は、人魚姫のようだ。助けたはずなのに、助けられた当本人は別人が助けたと勘違いをして、最後には遠い昔の記憶の忘却炉へ容赦なく叩き込む。それかバッドエンド、泡沫に溶ける。


「何泣いてんだよブス」

「泣いてないもん、うるさい」

「人魚姫?なんでこんなもん読むんだヨ、もっとカッコイイの読め」


弱っちい私をいつでも見つけてくれるのは目つきの悪い、ついでに言うと口も悪い、足癖悪い、そんな幼馴染。
泣いている私に優しさの欠片もない言い方でガミガミ叱る。「なんでわがまま言わネェんだよバァカ!」大きな声で喋っている幼馴染に、私は何にも反論できなかった。こういう時は言い返すべきなんだろうけど、泣いていることに一生懸命。

そんな私を見かねて涙を、服の袖でゴシゴシと力強く拭いて、ほっぺたを引っ張る。痛いとペチペチ力なく腕を叩くけど、離してくれなかった。




ガラっと扉が開く音が聞こえて私は現実に戻された。慌てて本に視線を戻して、続きの部分を読み進める。今読んでいるのは昔とは違って、本物の人魚伝説のおはなし。心身共に成長しても、このワクワクした気持ちの昂ぶりは変化を見せない。現実味を帯びている文章を一字一句残さずに読み込んでいると頭をガシっと掴まれた。

両手で包み込むように、顔を上げる前にガシガシと指先を変えて私の頭をかきむしり始めた。私の頭であって、この相手の頭ではない、爪が当たって痛いんだけど。


「ナァニ読んでだヨ」


目つきの悪い、ついでに言うと口も悪い、足癖悪い、そんな幼馴染がそこにいた。こんなにも近くにいるのに、私は正直になれないでいる。現在進行形で。


「靖友には難しいかもね」


人魚とは違った、美しくもない容貌で、魅了する声でもない、ひねくれたように私は言葉を発した。そうすると幼馴染の彼は、王子様とはまるで疎遠です。といった感じの笑を浮かべる。


「ッハ、言えてるナァ。相変わらずこんな分厚い本読んで、なんで頭悪いワケ?」

「馬鹿にするのもいいかげんにしてよ」

「口だけは達者だナァ?さっさと帰る準備しろヨ」

「もしかして、靖友ずっと待っててくれたの?」

「…」


本を片付けて私は鍵を取りに行くために書簡室へ入ろうとした、その時に口から出た言葉に靖友は無言だった。返事もなければ、罵ることもない。態とらしく書簡室の扉から顔だけ出して靖友の顔を見る。気まずそうに視線を泳がせている姿を受け取る限り、私は勝ったという気持ちが沸き起こってきた。


「その黙りこんだ素振りは肯定とみなす」

「っ、勝手に解釈してんじゃねぇヨ!俺はただァ」

「あれ、違ったか」


ゴニョゴニョと言葉を濁すような真似はしないのは百も承知、はっきり言わないのは、よほど恥ずかしいことか、言いにくいこと。どっちだ、いつでも私はウェルカムなんだけど。

返事を待つにも時間がかかりそうだったので私は、遠慮なく書簡室に入って電気ポットのコンセントを抜いて窓に鍵がかかったか確認する。図書室全体の窓は締め切った、カーテンもまとめてあるので帰るだけだ。


「影薄いし、どこでもかしこ手当たり次第歩き回るからなかなか捕まらねぇンだヨ」

「逃げてるわけじゃないんだけど」

「知ってるわボケナス!」


ぎゃあぎゃあ私の隣で騒いでいる靖友は、カバンに入らなかった人魚伝説の本を一瞥した。頭を軽くかきむしって小さな舌打ちが聞こえる。


「なんでこんなもん読むんだヨ、もっとカッコイイの読め」

   
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