今日は慰安旅行でスクアーロ隊長と海に来ていた。しかもヴァリアーの隊員しか知らない所謂穴場というやつで私達以外誰もいない。
海大好きな私は遊ぶ前から興奮状態。それに対して隊長は何故か不機嫌オーラ全開。
「隊長、なんでボスに八つ当たりされた時みたいな顔をしてるんですか?」
「胸くそ悪りぃ気分になっているからだ」
「こんな大きくて綺麗な海で遊べるんですよ! テンション上がりません?」
「このクソ暑い日にテンション上がる奴はお前だけだ」
そりゃテンション上がりますよ。
なんせ想いを寄せている隊長とバカンスなんですから!
実はと言うとこの慰安旅行、隊長と二人っきりなのは他の隊員達からのはからいなのです。
私が隊長を好きな事を知っている皆は、本当はヴァリアー隊員全員で行くハズだった慰安旅行を私と隊長だけするよう仕組んでいたと言う(ベルとフランにからかわれたのは癪だったけど)。
何にせよ、皆にはものすごく感謝している。だってプライベートで隊長と二人っきりなんて滅多にないもの!
これを機会に隊長との仲を深めなくては!
「せっかくの旅行なんですから楽しみましょーよ! ほら隊長、一緒に泳ぎましょう!」
「一人で泳いでろ。オレは日陰で休んでる」
「えー。泳がないと損ですよ!」
「オレはそういう歳じゃねぇんだよ」
軽くあしらわれて隊長はさっさと日陰の方に行ってしまった。
もうっ、隊長のイケズ!
心の中で不満を叫び、持ってきた浮き輪を頭から被って海に飛び込んでヤケクソなりながらひたすら泳ぐ。
浮き輪に身を任せて波に揺られながらボーッと空を見上げる。
あーあ。今日で隊長との距離縮まると思ったのに…もう戻ろうかな。
浜辺に戻ろうと体勢を戻した時、ゾッとする現状を目の当たりにした。
「あっ…!」
いつの間にか沖の方まで流されていた。
ま、まずい。これはまず過ぎる。
必死に足をバタつかせて浜辺の方に戻ろうとするも、波に逆らえず全く進まない。
ーー隊長ッ、スク隊長助けて!
「ーーーッ!?」
突然足が動かなくなった。
つったんだと理解した時には遅く、浮き輪から手が離れて海の中へ沈んでいく。
あぁ、私、死んじゃうんだ。
隊長に気持ち言えないまま。
……………。
ここ、海の中なのかな。
にしてもあったかい。息が苦しくない。
もしかして天国に来ちゃったのかな。
「……!」
………?
声…?
「……おい、名前ッ!」
ゆっくり目を開けると、見覚えのある銀色の瞳の端正な顔立ちが視界に入った。
「あ、れ…隊長…?」
「お前溺れてたんだぞ」
「溺れ…?」
ぼんやりする頭でさっきまでの記憶を思い出そうとする。
あ、そうか。私、沖で溺れたんだ。
「隊長…助けてくれたんですか?」
「オレしか助ける奴いねぇだろ」
「そうですね…。ありがとうございます…」
「ったく、浮き輪を持って行った意味ねぇだろ」
濡れた髪を掻き上げる仕草にどきん、と心臓が鳴る。嫌味言われた事なんて忘れるぐらいかっこいい。
ドキドキ鳴る胸元に手を当てて、伝わる鼓動に安心感を抱いた。
ちゃんと、生きてる。
死の恐怖から逃れたのだと胸を撫で下ろし、安心して突拍子な事を口にした。
「なんだか人魚姫の逆バージョンみたいですね…」
「人魚姫? なんだぁ、急に」
「王子様を助けた人魚姫と同じシチュエーションだなぁと思いまして」
途端、隊長は不満たっぷりの顔になった。人魚姫のポジションに置かれたのが不満のようです。
例えただけなのに。
「随分なメルヘン思考だな」
「まぁ、純粋ですから」
「自分で言うな」
「人魚姫って切ないですよね。王子様に好きって言えないまま泡になっちゃうんですから」
「そいつは気の毒としか言いようがねぇな」
「私が人魚姫だったら何しても好きって伝えますね。後悔したくないし」
泡になって消えてばいばいなんて絶対嫌だし虚しい。例え両想いにならなくても、伝えないまま後悔するよりはマシだと思う。
それを、身に沁みる程感じたから。
「でもお前が人魚姫ってなぁ。浮き輪あっても溺れるようじゃなぁ」
「うわ酷い! まだ言うんですか!」
「そういうところ引っ括めて可愛いと思うオレは末期か」
……………え?
「隊長…それどういう意味…」
「そういう意味だ」
「分かりません。さっぱり分かりません教えて下さい」
「教えるワケねーだろ」
「私の勘違いじゃなきゃ、隊長って私の事…」
「………」
「え………えぇぇええぇッ!?」
私の絶叫は清々しい程に響いた。
隊長を見れば耳まで真っ赤になっていた。
「マジですか? 隊長それマジなんですか?」
「うるせぇ、こっち見るな」
「あの、隊長…」
「うるせぇって言ってんだろうが」
次の瞬間、隊長に押し倒されると唇が重なった。突然の事でどうしたらいいか分からなくて、ただただ隊長の口付けに応える。唇が離れて隊長は低い声で囁いた。
「窒息させるぞ」
そう言ってまた唇が重なった。
摘むように優しいキス。
口に残っていたしょっぱい海の味は、隊長の甘いキスでかき消された。
(ある意味溶けちゃいそう)