丸く切られた薄くひらりとした布から、ぷつりと細い針の先が覗く。すーっと動くと通した糸が続いて出てきて、針の先は小さく丸くパッと見ると平べったい糸と同じ色のスパンコールの穴を抜けていった。細く銀色の針は丸く切られた布の端に沿うように、またぷつりと刺さって消えていく。それからまた覗いて、通って、抜けて、消えて。
一センチにも満たないようなその幅で、この人の細く白い指が忙しなく動いている。


「……え、それ全部一つずつ付けていくんスか?」
「そうだよー」
「うわあ……」


さらっとした返事に思わず眉をしかめる。一つずつってだって全部で何枚付けるつもりで、正気なのかこの人は、正気だろうけど。

視線を落としたままの白い指先、細い針が薄くひらりとした布を縁取っていく。沿うように付けられていくそれらが、とても大事なもののように。


「ああ、びっちり付けるわけじゃないんスね」
「うん、端をぐるっと縁取るだけだから。手縫いでびっちりつけるのはちょっと辛いかなあ」
「いやアンタならやるんならやりそうっスけど……」


そうかなあ、ところころ笑うその横顔へと視線を移す。黒い瞳は手元へと落とされたままで俺の方なんて全く見てなくて、そんな横顔がやたらときれいに見える。布と向き合っているとき、この人は一番きれいな表情をしていると思う。

机の上にこんもりと乗っている、丸く切られた薄い布。何枚も重なっているそれは、何かを連想させる気がする。はっきりとは、浮かばないけれど。



ある日突然初対面のこの人に文化祭のファッションショーなんてもののモデルを頼まれ、なんだかんだで承諾して。採寸だのフィッティングだので顔を合わせるようになり、気付けば何となく、バスケに差し支えのない程度にはこの人が俺に着せるドレス――初め聞いたときは耳を疑ったし聞き返した――を縫っている姿をこうして眺めている気がする。

被服室を覗くと大体この人はこうしてどこかしらを縫っていて、俺に気付けばへらりと笑うのだ。一瞬だけ手を止めて、俺の方を見上げて。自分が着るものだもん、気になるよね、なんて言うけれど、正直そんなちゃんとした理由なわけではないので適当に頷くしかない。そうして中に入るとあの人は手元に視線を戻し、ひとりごちるように言う。


「君が傍にいるとモチベーションが上がるから、助かるな」


俺に向けての言葉のはずなのに、どうしても結局はドレスに対してのものなんだろうと思ってしまうのは、やっぱり布と向かい合っているときのこの人の表情のせいだ。きれいな女、なら見慣れているはずのこの目から見ても引けをとらないように見えてしまう、その表情の。



ひらり、開いている窓から流れ込んできた弱い風に乗って丸く切られた薄い布が一枚、宙を舞う。伸ばした掌に閉じ込めて眺めてみても、布はただの布だった。


「これどこに付けるんスか?」
「サイドのパッと見隠れてる部分だよー。歩くとこう、ちらちら見えて照明受けてきらきら光る感じ」
「へー……」


その様を想像しながら、けれどそう答えるこの人の瞳以上にはきらきらしないんじゃないかなんて。思ったことがバレるはずもないのに、なんとなく勝手に気まずい気持ちになったせいか、相槌がおざなりもいいことになってしまった。この人は、特に気にも留めていないようだけれど。……いいんだか、悪いんだか。


丸く切られた薄い布の縁にぐるりと付いたスパンコールが、窓から差し込む太陽の光を受けてきらきらと光る。ああほら、やっぱりこの人の瞳の方がきらきらしてる。布と向かい合っているときのあの人の瞳。


(……なんなんだ、)


やけに輝くそれが、やたらときらきらしているものだから。
だから、こびりついて離れないのか。

まぶたの裏から。


向かいでこの人が縫い上げていった、控えめにきらきらしているスパンコールで縁取られた丸い布を手に取る。無造作に積み上げられたそれらをなんとなく並べていくと、みんなきらきらと光を受けて輝く。きらきら、きらきら。


「海みたいだね」
「……海?」
「うん。ほら、晴れてる日の海ってこう、きらきらしてるじゃない」


顔を上げると、キリがよかったのかなんなのかあの人が手を止め此方を見ていた。黒い瞳がくるり、と瞬く。


「君は何に見えた?」


楽しそうなその眼差しにどうしてか、溜め息を吐きたくなった。アンタは布見てりゃいいじゃん、別に、俺をそんな風に見ないでいいよ、アンタのドレスを着てるわけでもない、なんでもない俺なんだから。

何に見えたか、なんて。わからないから並べたんだよ。アンタが海って言ったらもう、それにしか見えなくなってくるんだよ。


きらきら、海、ひらり、海。
俺が浮かぶものは。


「……鱗……?」
「あー、なるほど。それもわかるなあ」


頭に浮かんだ言葉をぽろりと呟いただけだけれど、あの人は軽く頷いただけだった。鱗、にしてはまあ、布が薄いかもしれないけれど。


「マーメイドスカートだったら人魚になれたんだけどねえ」
「……別にならなくていいっスよ」
「そう? こんなきれいな尻尾で泳げるなら、悪くないと思うけど」


並べた鱗みたいなそれを一枚摘まみ上げ、目の高さまで持ち上げた彼女はああでも、と笑った。


「黄瀬くんが人魚になっちゃったら、困るな」


その、表情が。
布と向かい合っているわけでもないのに、向かいに座っている俺は、ドレスなんて着ていないただの俺なのに。

なのに、自分でも意味がわからないくらい、その表情も眼差しもきらきらきらきらと輝いて見えて仕方がなかった。


「ランウェイ歩けなくなっちゃったらショーに出られないもの」
「……結局そこなんスね」
「当たり前じゃない、やっと見つけた君だよ?」


わかったから、いいからもうさっさと布に向き合い直って欲しい。
なんでもないときにそんな瞳で見つめられると、落ち着かなくて仕方がない。



(……なんなんスかねえ、ホント)


あの人が摘んだままの丸く切られた薄い布、を縁取るスパンコールがひっそりと太陽の光を受けて、光っていた。




スパンコールを敷き詰めて
(きらきらと、きらきらと)







   
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