すっかり大人びた表情をしている幼馴染の横顔を見ながら、私は小さくため息を吐いた。ちょっと会わない間に彼は祓魔塾の先生になったとか何とか。よくわからないけど、ずいぶんとお高い位置に行ってしまったらしい彼は少しばかり遠くさえ感じる。 「ねぇ、雪男」 「なに?」 「久しぶりなんだからさ、なんかこう…ないわけ?」 「何かって?」 「…なんか…うん、なんかよ」 言葉の出てこない私を見た彼は、くすりと少しだけ笑った。 あれ、雪男って昔からこんな感じだったっけ。感情を隠すような、むしろ無意識に隠してしまってそうな…そんな子だったっけ。ううん、違う。雪男はいつも泣き虫でめそめそしてて…でもこんな哀愁はどこにもなかった。ただの泣き虫坊主、ってだけで。 「苦労してますなー、雪男さん」 「急に何?」 「変わったなって思っただけ」 「…そういうなまえは、何も変わってないんだね」 あら、そうかしら。最後に会った時より少しは背も伸びたし、胸も膨らんだ。化粧だってするようになったし、雪男と燐の"好きの違い"もわかるようになったつもりなんだけどな。 でもどうやら彼の目には何も変わってないように見えたみたいで。ちょっと悔しくなった私は、いつまでも机の上の書類と睨めっこしてる彼を覗きこむように詰め寄ってみた。 「そ?祓魔師にはなれないけど、女としては少しは成長したつもりなんだけど」 「どこらへんが?」 「…イロイロ?」 「…色々、か」 やっとペンを置いた彼は立ち上がると、私を足の先から頭の先まで舐めるように見る。私に何かついてますか?なんて首を傾げれば、別に?なんて素っ気ない返答。やっぱり、違う。雪男はこんな何かを心の中に閉じ込めるような子じゃなかった。あの時の雪男とはもう、全然違う。 「そういえば昔は僕と同じくらいの背だったのに、ずいぶん縮んだね?」 「あら、口も強くなりまして?」 「あとは何も変わってないね、やっぱり」 「雪男にはまだ私の魅力がわからないのよ」 そうかな?と首を傾げる雪男。 そういえば雪男って、こんなに背高かったっけ?いつの間に私より大きくなっちゃったんだろう。 「で、僕のどこが変わったって?」 「…全部?」 「全部?」 「うん」 昔の雪男はこんな風にちょっと見下したように人のこと見てなかったし、感情を隠すような素振りだって見せなかった。だって今の雪男、何考えてるかわからないもの。じり、と詰め寄ってくる彼に身体が咄嗟に反応して後ずさると、ひんやりとした壁が背中に当たる。 「ゆ、きお?」 「そうかもね」 「?」 「僕はもうあの頃の僕とは違うよ」 真っすぐと私に向ける視線は、少しだけ昔の面影が見えた気がしたけど気のせいかもしれない。完全に彼に目を取られながらも少し物怖じする私の肩に、彼の手がそっと触れる。 ぱらぱら、机の上の資料が風によって捲られる音だけが室内に響くと何故だかそれが気恥かしくて、こつんと雪男の胸に額をぶつけた。 「雪男、やっぱり変…だよ、」 「変かな?普通じゃない?」 「普通…って?」 胸に額をくっつけたまま、私は会話を続けた。肩に触れてた彼の手はいつの間に背中に回ってて。おかしい、やっぱりおかしい。どうしてこんなことするんだろう。こんなの、おかしい。 「なまえはどうして僕にこんなことされても拒まないの?」 「……それは…」 好きだから、だよ。 言葉にする時だけ顔を上げたら、さっきより腕の力が強まってますます胸に押し付けられた。どうしてこんなこと言わすのよ。からかうつもりなの? カツン、とまた室内に響くのは机の上のペンが転げ落ちた音。だんまりだった彼は、ゆっくりと口を開いて優しい口ぶりで話し始める。 「じゃあ、僕はどうしてこんなことすると思う?」 「へ……?」 「同じだよ、なまえと」 「同じって、」 好き、ってこと? 顔も見れないまま、私はただ聞き返した。彼も私の方を全く見ないまま、ただ私の肩に顔を埋めて「そう、」とだけ言うと、私の髪を優しく撫でた。その手はもう、泣き虫で弱虫な雪男じゃない。立派な男の、大きな掌だった。 その通り 僕は君が好きです。 20110928 ×
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