プロローグ
どうしてこうなったのだろう。
普段のオレなら、今ごろは、部屋にこもってパソコン、またはゲームをしながらまったりくつろいでいるはずだ。
どうして俺は、家の外で、我が家を見つめているのだろうか。
答えは簡単、家に入れないからである。
何かいたずらをして家を閉め出されたとか、そんなかわいい理由じゃない。出たくて出てきたわけでもない。ではなぜかと言うと……我が家が燃えているからだ。
「終わった……さらば俺の日常……こんにちは地獄の日々」
この火事のせいで、俺の部屋にあった、マンガ、パソコン、ゲームなど、俺の宝とも言える物がすべておじゃんだ。かろうじて、ポケットに入っていたポケギアと、手元にあった財布、先日もらったポケモン図鑑、大事な相棒が入ったモンスターボールだけは、外に持ち出すことができた。
だがしかし、落ち込んでばかりもいられないし、命が助かっただけでも良いじゃないか――というわけにはいかない、なぜならこの火事は、オレのせいなのだから……。
話は少し戻って、約1時間前。
オレはいつものように、部屋の中にいた。だが、いつもと違って、パソコンの前ではなく、テーブルの前に座っていた。正しくはテーブルの上にある、モンスターボールの前に座って、うんうん唸っていた。
先日、ウツギ博士に頼まれて、お使いに行った後にもらったヒノアラシ(♀)の名前を何にするかで、その日はずっと悩みっぱなしだった。
一生の付き合いになるだろうから、できるだけかわいい名前をつけたかったのだ。
しばらくたっても良い名前が出ないので、1度休憩をしようと、1階から持ってきていたミックスオレのふたを開け、1口飲んだ後、トイレに行こうと立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。
ずっと座りっぱなしだったためか、立ち上がろうと腰を浮かせたとたんに、足に、耐えがたい激痛がはしった。ただのしびれであるが、予想してなかったからか、立ち上がろうとしていた足は、思うように動かず、耐えがたいしびれから、もんどりうって暴れてしまったのだ。
その結果、どこかにぶつけたのだろう、テーブルの上のモンスターボールが開き、飲みかけのミックスオレが勢いよく、ヒノアラシにかかってしまったのだ。
そこからは想像がつくだろう。ビックリしたヒノアラシが、おもわずひのこをぶちかましてくれたお陰で、カーテンや、マンガ本に着火、炎上。
部屋がそんなことになっている間も、容赦なく足のしびれが襲ってくるため、消火もできなかった。せめてパソコンくらいは救出したかったが、しびれのお陰で立ち上がれず、手の届く範囲にあったものだけかき集めて、腹這いになりながら、必死に脱出したのである。玄関に着く頃には足も大分よくなり、きちんと靴をはいて脱出できたのだった。
家にいたのはオレ一人、消防車はもう呼んだ。けどここは、ポケモンセンターすら無い、ド田舎である。消防車が来る頃には、もう全て焼き付くされた後だろう。
幸いにも、隣のウツギポケモン研究所とは結構な距離があるので、燃え移る心配は無さそうだ。
一番の心配はこれからの事だ。将来何になりたいとか、そういう話じゃない。
今は出掛けている母も、もう少ししたら帰ってくる。それに消防隊も来るし、もしかしたらジュンサーさんも来るかもしれない。
事故だったからといって、ごめんなさいで済まされる規模の話じゃ無いと言うことぐらい、オレにだってわかる。
お母さんに叱られるな……叱られるだけなら良いけど、当たり前だが、こんなことは生まれて初めてなので、どうなるか全く検討がつかない。
ほんとにこれからどうなるんだ!
その後到着した消防隊のお陰で火は消されたのだが、家は半分ほど燃えており、家の中はビチャビチャ。とても生活できそうもない。
「ヒビキ!」
「母さん!」
人混みの仲から母さんの声が聞こえた。
「何があったの? 怪我は!?」
心配そうに顔を強張らせているお母さんが安心するように、そして、叱られる覚悟を決めながら、オレはお母さんに事のあらましを話した。
お母さんはひとつ頷き、でも心配そうな表情は変わらないまま言った。
「まあ、事情はわかったわ。見たらわかると思うけど、これじゃあ住めないから、うちはこれからウツギ博士のお宅にお邪魔することになったんだけど、コトネちゃん家の方がよかった?」
"コトネちゃん"をさりげなく強調し、にやにやと締まりのない顔をしながら、母さんが茶化す。
オレの沽券に関わるので言っておくが、コトネとは、特別な関係ではなく、幼馴染みと言う名の腐れ縁である。
顔は悪くないが、中身は男勝りで怪力のゴリラ女だ。
断じてそういう関係ではない。
――今日は、消防車やパトカーなどが駆けつけ、一時騒然としたワカバタウンでしたが、現在は火も消えて、いつもの風景が広がっています。我が家を除いて……
結局、お母さんはオレの安否を気遣った後、恨み言のひとつも言わず、これからについて話し始めた。
ゲンコツの1、2発は飛んでくると覚悟していただけに、この態度は非常に困った。怒鳴られた方が幾分かマシだ。
うちは、貧乏ではないものの、よくも悪くも一般家庭、新しい家を建てるような大金を、ポンと出せるわけがない。
さっき、お母さんとウツギ博士の奥さんの話し声がかすかに聞こえたのだが、どうやら、お母さんは働きに出ることにしたらしい。何も言わないけれど、やっぱり家計が苦しいのだろう。
そこに、成長期のオレが入る余裕はないはずだ。
オレの歳じゃ、どこも雇ってなんかくれないから、バイトして負担を減らすこともできないしね。
食いぶちを減らす意味でも、オレは居ない方が良いだろう。それに、オレが居ると、お母さんがさらに気を使いそうだし。
現時点でオレは、お荷物にしかならない。
だが、オレの歳でも、金が稼げる素晴らしい職業があった。――そう、ポケモントレーナーだ。
負けたら持ち金の半額を払わなければいけないが、勝てば相手の持ち金の半額がもらえるという、ハイリスクハイリターンで、強くなればなるほどお金がたまっていく、という素敵システムは非常に魅力的だ。
3年前、カントーで至上最年少の、13歳でチャンピオンになった少年が話題になった。そしてオレも13歳。本気になればチャンピオンも夢じゃない! チャンピオンになれば、きっと儲かるはず、家もポンと建てられるようになるだろう。
今回の火事で失った財産を、オレが稼ぐ。毎回仕送りをすれば、母さんもきっと楽になる。なんて完璧な計画なんだ!
「お母さん、良い機会だし、このまま旅に出ようと思うんだけど」
「あら! 良いんじゃない? 男の子はいつか旅に出るものだ、ってよく聞くしね」
すんなりオッケーも出たし、今出発すれば、夜には隣町に着くだろう。善は急げともいうし、早速旅に出ることにした。
「じゃあ、お母さん。いってきます!」
「気を付けてね、何かあったらすぐに電話するのよ? 何もなくてもたまには連絡ちょうだいね」
念を押すように、何度も何度も同じことを繰り返すお母さん、一生会えない訳じゃないんだから、大袈裟だなあと思いながら、オレは歩き出した。
ワカバタウンに帰ってくるのはいつになるのかな……オレは何となく寂しい気持ちになったが、後ろは振り返らず、前を向き歩きは「ちょっと待ってよ」
「……………」
しばらくお母さんに会えない寂しさと、これからの旅への期待に胸を膨らませていたのに、いきなり聞こえてきた声のせいで、思考が中断されてしまった。もうちょっと空気読めよ。
「なんだ、コトネかよ」
「なんだってなによ! 子供の頃からの付き合いじゃない、なんか私に一言くらいあっても良いんじゃないの?」
ほっぺを膨らませ、唇を尖らせるという器用な真似をしながら、コトネが言った。
どうでも良いけど、コトネの怪力によって、腕に抱かれたマリルが、えらいことになっている。そのうち風船のように破裂してしまうんじゃなかろうか。
「ちょっと! 聞いてんの!」
「あーうん、聞いてる聞いてる」
コトネは呆れたように肩をすくめ、溜め息を吐いた後、こちらを睨み付けながら、大きく息を吸って、その勢いのまま大声で言った。
「いつ戻ってくるのかって聞いてんの!!」
「んあ? そーだなあ……チャンピオンになったら、かな!」
オレは、半分冗談、半分本気で言った。
コトネは、オレの答えが心底意外だったのか、目を見開いて唖然としている。
そして、なにかを決意したように、ひとつ頷いてから口を開いた。
「いつか、絶対あたしも旅に出る。そして絶対、ヒビキに追い付いてやるから! そしたら……一緒に旅してくれる?」
なにこれフラグ?
いや、考えすぎ考えすぎ。アニメの見すぎだな。うん、そうに違いない。だってこれコトネだぜ? あぶないあぶない、1人で勝手に舞い上がるところだった。落ち着けオレ!
「あっ、あぁ。もちろんいいぜ! まっ、追い付けるかどうかはわかんねーけどな! ははっ」
最初こそ少しどもってしまったが、たぶんうまく返せただろう。もうオレ早くここから逃げ出したい。
「絶対に追い付いてやるんだから!」
まるで大輪の花が咲いたように、きれいに笑うコトネ。
こいつってこんなにかわいかったっけ?
ただの幼馴染みが、気になる女の子に変わった日。
そしてオレが、長く辛い旅への第一歩を踏み出した日。
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こんな感じで始まりました。銭ポケ!ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
私は基本、小説を書くより読む派、ほぼ絵描きとして活動してきましたが、今回、大分妄想が膨らんだので、形にしてみました。
今のところ、最後までの道筋はだいたい考えているのですが、今回のプロローグも、最初に考えていたものと、書き上がったものはまるで別物なので(笑) 最終的にどうなるかは、私にもまだわかりません。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
おまけでプロフィール的なもの
ヒビキ(13)
ちょっとスレた思考を持つ少年
自覚はないけどマザコン
カッコつけたいお年頃
てもち
ヒノアラシ♀(未定)Lv.8/ひかえめ
コトネ(13)
明るく活発な少女
気が強くて負けず嫌い
見た目に似合わぬ怪力の持ち主
てもち
マリル♂(まりも)Lv.5/やんちゃ
雑巾の臭いがする
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