人魚姫の約束

「五右ェ門様、海通って行きませんか?」

突然、夕暮れの散歩帰りに紫が言った。
今日は特別な日でも無いし、同居しているのだから勿論久しい再開というわけでも無い。

「?承知。」

五右ェ門は疑問符を浮かべながらも紫の意見を承諾した。

いつもの角を左に曲がり数分歩くと、青い大きな水溜まりが姿を現した。
それを見ると紫は駆け出し、砂浜へ降りて行った。
石の階段を下ると、そこはまだ少し冷たそうな海が久しそうに揺れている。

紫は少し波に近付いて足先で冷たい海の端に触れる。

「久しぶりだなー。」

嬉しそうにニコニコと微笑みながら海を眺めていると後ろから五右ェ門が声を掛けた。

「あまり近づいてはいけませんよ。この時期は波が不安定故に飲み込まれては危険だ。」

「はーいっ。」

元気よく返事をすると紫は白い砂浜に足跡をつけながら波に沿って歩いていった。

「……。」

五右ェ門は辺りを見回す。
この海は知る人ぞ知る人魚の伝説のある地。以前ルパンにこの地のことと人魚姫の話を聞かされたが、そのことがこのとき妙に頭を過った。
愛が故に結ばれなかった1人の人魚。話を聞いたときはただ憐れだと思っただけだったが、いざこの地に立つとどうにも落ち着かなかった。

「…?」

その時、ふと紫がいないことに気付く。

「紫殿?」

少し足を速めて歩くが紫の姿は無い。嫌な気を感じた五右ェ門は駆けて紫を探した。
突き進むと視線が岩場にぶつかった。その中から人の気配を感じる。
覗き込むとそこには岩に腰掛ける髪の長い1人の少女が。

「五右ェ門様っ。」

振り向きながら紫は五右ェ門に微笑みかけた。
五右ェ門は一瞬見えた幻覚に嘲笑して目を擦り、紫に近寄る。

「何故こんなところに。危ないですよ。」

「これを見たくて…。」

紫が差したのは洞窟のもう少し先にある小さな空間。

「洞穴…ですか?」

「友達に教えてもらったんです。素敵な場所でしょう?」

「えぇ。」

そこに入り、二人は並んで腰かけた。
その洞穴では目の前は海、見上げれば天井に開いた穴から覗く星を眺めることができ、なかなか良い穴場だった。

「…。」

会話が止まる。そのこと自体は苦ではなかったが、五右ェ門はこのとき見えない焦燥感に駆られていた。
隣りの小さな女性を見て五右ェ門は体の向きを変える。

ぎゅ

「!」

なんの前触れもなく紫は急に抱きしめられ、目を見開いた。
五右ェ門の顔を確認したかったが抱きしめられているためそれもできず、とにかく小声で声を掛ける。

「五右ェ門様?」

「……。」

だが五右ェ門は何も答えずそのまま紫に倒れ込んだ。
倒れたと同時に背中に衝撃が走ったが、そんなことは問題ではなかった。
押し倒された状態になり、紫は驚愕した目で五右ェ門を見上げる。

「え…あ、の…っ。」

「紫殿…。」

五右ェ門は星空をバックに紫を見下ろす。そっと紫の頬に触れ、首筋に舌を這わせた。

「…ぁっ…!」

急な感覚に紫は素直に反応してしまい、隠しきれない羞恥に襲われる。
現状が全く理解できていない紫はただ慌てるだけで五右ェ門を何と言って制御するべきかわからない。

「五右ェ門さま…!」

だが、その思いは五右ェ門も同じだった。

「すまぬ。今だけは…。」

五右ェ門はそう言うと紫の唇に自分のを付けた。

「ん…っ。」

自分でもわからない。何故こんなにも焦っているのか。
一瞬、ほんの一瞬だけ己の愛しき人が別人に見えた。それだけで。
五右ェ門は己の行動の過ちを重々承知していたがここで手を離せばもう二度と触れることができないような気がして止めることができなかった。

すると紫は五右ェ門の唇が離れると、潤ませた瞳で五右ェ門を見上げる。

「そんな風に言われちゃ…嫌って言えないじゃないですか…。」

「…っ!」

それを聞くと五右ェ門は苦しそうにただ紫を抱き締めた。

「五右ェ門様、どうしたの…?」

心配そうに耳元で囁く。五右ェ門は顔を見せずに腕に力を込める。

「…すみません。」

その時、紫の脳に友人から聞いた話が舞い降りた。

「もしかして、ここの人魚の伝説をご存じなんですか?」

「……。」

恐らく図星。紫はそうだとわかると五右ェ門のこの行動の原因に大体の見当がついた。

「あたしも知ってますよ。でも、」

抱き締めたまま顔を合わせ、笑って額をつけた。

「あたしは人魚姫じゃないから大丈夫。消えたり…しませんよ。」

にこっと微笑みながら紫が言うと五右ェ門もつられて笑いかけた。

「…はい。」

そしてまた紫の鎖骨に口付ける。

「…ふっ…あ…。」

漏れた艶声に五右ェ門の動きは止まらず、唇を這わせたまま息を交えて声を出す。

「もし貴女が人魚であったとしても、拙者は貴女を追い続けます。」

「え…?」

顔を離して紫を見下ろす。
まっすぐ見つめると、優しい笑みを浮かべて五右ェ門は紫の髪をふわりと撫でた。

「愛する人が消えて、そのままのうのうと生きていくことはしない。それも、己のせいで。」

背後の星が瞬く。
紫は五右ェ門を食い入るように見て、また目を逸らす。

「…五右ェ門様。」

「ん?」

「あの…えと、もう一回だけ…。」

何かを、言わずに乞うと五右ェ門は少し間を置いて微笑んだ。

「承知。」

先程のものより優しい口づけを交わすと、紫はそっと五右ェ門の背中に腕を回す。

肌寒い潮風は音も無く二人を見守るように吹き抜けていた。


-fin-

○和様へお返し小説です!
「シリアスでちょっと大人な五×紫」ということですが…
格段に能力落ちてますね(泣)
申し訳ありません!!(;_;)
五右ェ門あまりにも子どもっぽすぎるっ。
前のと被っちゃったし…あぁ(涙)
こんなものですがよろしければどうぞ!
これは和様のみお持ち帰り可です*

Thank you for reading!!


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