約束破り

「殺せ。」

血の匂いが気持ちを高ぶらせる。
興奮と悔いと怒りが自身の中に立ち込める。
激痛などとうに麻痺した。残っているのは虚無感だけ。

「…。」

目の前には仕事上のパートナー。
自身の血を全身に浴びたガンマンを見下ろす怪盗は、数秒前に聞こえた声に反応をみせなかった。

「聞こえないのか、殺せ。」

目の前で自分を見つめているにも関わらず微動だにしない男に、次元は苛立ちながらもう一度言葉に重みを増して繰り返した。

「こうなる前に言ったはずだ。生かすことは情けをかけることじゃねえ。」

殺し屋にとっての最大の侮蔑は死ではない。殺し屋としての能力を奪われ、プライドを傷つけられる事だ。いくらこちらが手負いであったとしても、勝負に負けたことには変わりはない。次元は一瞬の戦いで、ガンマンとしてのプライドを引き裂かれた。

「ルパン。」

この戦いが始まる前、次元はルパンに頼みをしていた。もし自身が負けた時は、すぐに殺せ、と。

「聞こえてんだろ。」

勝負に負けた。今呼吸をしていることさえもむず痒く、恨めしい。今すぐにこの感情と生気をなくしてしまいたかった。
だがルパンは全く動こうとしない。
次元を見下ろしたまま、一瞬息を吐いて微笑を浮かべた。

「お前さんに命令されるなんて、俺様もフレンドリーになったもんだなぁ。」

ルパンが嘲笑しながら言うと、次元は怒りに燃える目でルパンを睨んだ。その気迫に通常の人間なら尻ごむだろうが、ルパンは全く動かなかった。それどころか余裕の笑みを見せ、次元に近付いていく。

「俺は誰かさんみたいに、俺以外の人間に頼まれた殺しをするのは嫌いだね。」

「ルパン!!!」

次元は血だらけであるにも関わらず、土を蹴って立ち上がり、血管の浮き上がる腕でルパンの胸グラを掴んだ。

「てめえどういうつもりだ…こうなる前に俺は言ったはずだ。俺のプライドが死に切る前に俺を殺せってな。今更なんだ。怖いわきゃねえだろ。所詮仕事上のパートナーだ。どうなろうと関係ねえだろう。」

怪我のため胸ぐらを掴む手に力は入らない。悔しさと怒りが滲むのを表すかのように右肩から血が滴る。
震える手を見つめながらルパンは顔色を変えず続けた。

「そうさなぁ…。ま、確かにお前が死のうが生きようが俺には関係ねえ。お前は結局俺みたいな奴がいなけりゃひとりで何もできない人間だしな。」

「…っ!!」

次元は乱暴に手を離し、血の混じる舌打ちを吐いた。
ハットの下から覗く細長い目は、それだけで人の息を止めるのには十分な殺気を放っていた。

「おめえはもっと話がわかる奴だと思っていたんだがな。」

あざ笑うような、諦めるような表情でルパンを睨むと、ルパンは眉間に皺を寄せ、口角を上げた。

「殺し屋に人間を見る目があるとは、到底思えねえ。」

「…っ!!」

次元は血が波打つ腕を振り上げた。
殺し屋の血が大怪盗の頬を伝う。
何も考えずに、怒りに任せたまま動くよう指示した右腕は、こめかみの位置でルパンの手と重なっていた。

「今まで色んな殺し屋に会ってきた。所詮この世界だ。いつまでたってもソリが合わねえ奴なんて何人もいた。」

受け止められた右手にぎち、と力を込めたまま次元は嘲笑しながら続けた。

「俺から見たお前は、そいつらと違っていた。確かに常にふざけて、何もかもを見下しているようにしか見えないこともあった。その度に俺を裏切らない相棒で弾丸をお見舞いしてやろうかと何度も思ったことさ。」

ルパンと重なる手の間にある相棒が重い音を鳴らす。

「そいつはおっかねえなぁ…。」

先程より少し柔らかく見えたルパンの表情は、疼く肩の痛みに気を取られていると、視線を戻した時には跡形もなく消え去っていた。
次元はルパンの目を見据えながら静かに言う。

「だがお前はそれだけでできた人間じゃねえだろう?殺しを何回はたらいても、血は争えねえのか?」

一瞬、息の乱れる音が聞こえた。
恐らく風の止む音だった。

「ほんと、見る目ない奴だぜ。」

ルパンは次元の手をゆっくり離し、ポケットに手を戻した。
次元は力なく腕を下ろし、ふらふらとよろめいた。

「はっ。確かにそうかもしれねえな。だがお前だってそうだろうが。」

ルパンは覚束無い次元の足取りを見つめる。
相手が何を言っているのか、IQ300の頭脳をもってしても理解出来なかった。
次元はだらだらと血が流れる肩の傷を左手で押さえながらルパンを睨む。

「お前に見る目があるんなら、さっさとあの時あいつを追えば良かった。ぬけぬけとこっちに寄ってきやがって。一番嫌いなんだよ、俺はそういうお前が。」

反吐が出る、とはよく言ったもので、吐き捨てるように次元は声を出した。
ルパンは怒りの感情を見せながらも飄々とした態度でおどけてみせる。

「なんだなんだ。やきもちか?」

だが次元は次は何の反応も見せなかった。
俯き、後ろの木にもたれ、それに頼りながらずるずると座り込む。
それは自分の意思ではなく、体が勝手にそう動いたように見えた。
息は荒く、血は止まらない。

「殺せ。もういい。」

「…。」

樹林に囲われた森の中、鉄の匂いが立ち込める。
薄暗いこの森で、一体どれほどの命の灯火が蠢いているのだろうか。
風の音が聞こえ始めたとき、次元は弱々しくルパンを見上げた。

「情けをかけるくらいなら、最期くらい相棒の言うことを聞いてくれ。」

生きる気力を失った、いや、最後の希望にすがるような目でルパンを見た後、次元はゆっくり目を閉じて俯いた。
ルパンの表情は月の逆光で見えなかった。
ただ口角だけは動いていない事が僅かな月光で知ることができた。
ガチャリと、重い音が静寂を裂く。

「どっちがいい?」

次元が見上げると、ルパンはいつの間にか次元の銃を持っていた。
それと自身の愛銃を目の前に差し出す。

「お前の相棒か、俺の女か。」

次元は驚くこともなく、ルパンを睨む。

「なんで最後の最期に女に殺されなくちゃならねえ。」

舌打ちをしたあと、愛銃に目を向け顎をしゃくる。

「俺を守ってきた相棒に裏切られる方が、些か楽に地獄に行けるぜ。」

「おっけー。」

次元はゆっくり目を瞑る。
ルパンは時代遅れの銃を握り直す。
静かな世界だと、感じた。

「じゃあな。」

ガァン…ッ

森に響く音に、遠くの生き物がざわめいた。

「…。」

数分前に聞いた音を確認したあと、目を開けることができてしまった。
すぐ後ろの木の幹が焼けるような匂いがする。

「て、めぇ…!!」

状況を知り、次元は今までにない殺意に満ちた目でルパンを睨んだ。

「言っただろ?人に頼まれて殺しをするのは俺様のプライドが傷付くんだよ。」

「ふざけんのも大概にしろ…俺は今ならお前を殺すことだって不可能じゃねえ!!」

怒りで自分を抑えることができない。
ガンマンとしてのプライドも傷付けられ、生を終える覚悟をしたこの瞬間にも弄ばれる。
痛みよりも苦しさに躍らされ、次元は自分を保つことができない。
次元の目をまっすぐに見つめたまま、ルパンは低い声で静かに言う。

「いーや、どうせお前にはできないさ。」

次元は眉を動かした。

「何だと…?」

これ以上の侮辱は無い。
殺し屋として、ガンマンとして、誇り高き者として、何度も苦しめられるこの気持ちをどう晴らす事ができるだろう。
右腕がうずく。
殺ることが、できる。
肩の痛みも現に、全てが自分の本能のままに動く。

次元は血だらけの左手を地に付き、膝を立てる。

「試してみるか?」

その言葉に、ルパンは口角を上げた。

「おーおーやる気満々じゃねえか。俺は構わねえぜ。」

ゆらゆらと立ち上がる次元に手を貸す様子も無く、ルパンはただ両手をポケットに入れたまま笑う。

「その不抜けたツラに俺の相棒の唾つけてやるよ。」

ハットを押さえ、次元はその下から細長い目を見せる。

「んじゃあ俺はお前に女との付き合い方を教えてやるよ。」

ルパンは愛銃の銃口に口付けをし、次元に笑いかける。
優しさではない、ただ楽しそうな笑みを浮かべている。
そして次元の銃を指でくるくると回しながら、月を見上げた。
満月ではない、少し欠けた淡い月。

「だが、俺は明らかに見え見えのハンデがあると、やる気なくなるんだよな。」

ルパンは次元に近寄り、腰に手を回す。
マグナムが、いつもの場所に還る。

「いつでも来いよ。俺はルパン三世だぜ?」

消えない笑みを、次元は顔色を変えずに見つめる。
気付いたときには、小さく笑みをこぼしていた。

「そうかい。」

血が滴りながら、二人の後を追う。

破るための約束は、お前さんと生きる証さ。

森の中の小さな空気を響かせた声は、宛先に届くまでに風にさらわれていった。

-fin-

○大変久しぶりに書く小説です。
最近「次元大介の墓標」を見まして、
すごく書きたくなった二人です。
次元とルパンは仲良しも素敵だけれど、
やっぱりハードボイルドの関係も
あってほしいのです*

Thank you for reading!!


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