傘-涙の水溜り、踏みしめて-
コツコツと雨が窓を叩く。ついでに人間の声のような唸りを上げて風が外で暴れている。
レッディは止まない雨を窓から肘をついて眺めながらため息をついた。
「昨日も今日もずっと雨。ついでに明日も明後日も。」
「昨日は曇りだったじゃねぇか。」
背後から次元がソファーでコーヒーを啜りながら言う。
レッディは振り向いて少し不満げな顔で次元を見た。
「曇りなんか殆ど雨だよ。太陽が見えてないんだから。」
「なるほどね。」
あまり聞いていないような反応を示して、次元は少し笑いながら視線を下げた。
レッディはコツコツと歩きながら次元の向かい側にどさっと腰掛ける。
「あーあ。せっかく大介来てくれたのにどこも行けないじゃん。」
次元から連絡があったのは数日前。いつものように他愛もない会話をしていると、次元は来週あたりルパンたちとまた今の地を離れるとレッディに告げた。次に向かう場所は南アフリカ州と聞き、レッディは行く前に会うことを乞った。
そして今日次元はレッディの家に訪れ、この日だけ一日中傍にいるということを約束した。
レッディが喜んだのは今から数時間前。だがその数分後から今までずっと雨が降り続いている。
また長らく会えなくなるため、せっかく一緒にいるというのにどこにも行けないというのは少し物足りなかった。まったりお家デート、というのも良いかもしれないが今はそんな気分ではなかったのだ。
レッディがぶつくさと文句を言っていると、次元は視線を上げてレッディを見た。
「…なんだって?」
「?会いに来てくれたんじゃなかったの?」
頭に「?」を浮かべながら言うと次元は頷くような、傾げるような、首をおかしく動かした。
「いや、まぁそうだが。つーか、そこじゃねぇ。」
「?」
コーヒーカップを置き、すくっと立ち上がりレッディを指差した。
「お前さんずっと家ん中でくすぶってるつもりか?」
「え?」
次元は窓をコツコツと叩いて、外に止めてあるルパンの愛車にレッディの視線を促した。
「わざわざルパンから車かっぱらって来てやったって言うのによ。」
拗ねたような、先程のレッディのことが言えないような表情で言い次元はレッディに寄る。
そのために、とレッディは次元の遠回しな厚意に素直に喜び、次元の腕に抱き着いた。
「…行く!出かける!」
「はいはい。」
嬉しそうに満面の笑みを見せて次元を見上げると、次元も小さく微笑んでレッディの肩に腕を回した。
外に出るとやはり雨は止んでいない。
レッディは淀んだ空を見上げ、数滴顔に当たる雨の感触を覚えた。
その時次元が車のキーを指で回しながら歩いて行こうとすると、レッディは次元の腕を引いた。
「あ、でも大介。車は止めてて。」
「あ?なんで。」
不服そうに眉間に皺をよせると、レッディは悪戯に微笑んで一本の傘を差し出した。
「歩きたいから。最近運動不足なんだよ。」
「ったく…。」
仕方なく、だが愛しい彼女のためなら断れず次元はキーをポケットにしまって傘を受け取った。
レッディは赤のストライプの傘をくるくると回しながらご機嫌にスキップをしながら前に進む。
「ふふ♪雨の中歩くの久しぶり。」
おまけに鼻歌まで歌いながらレッディは体で気持ちを表す。
さっきまでふてくされてた奴はどこのどいつだ。
そう言ってやりたかったが、言っても何も変わらないし、そんな彼女が何処か可愛く感じてしまう自分がいるのも否定できない。
次元は何も言わずレッディに渡された紺色の大きめの傘を静かに差しながらレッディのあとについて行った。
空を見上げると、やはり濁った雲の色はどんなに雨が降ろうとも落ちそうにないほど濃く、天を覆いつくしている。
ではこの電光に光る雨も本当はあんな残酷な色をしているのだろうか。
それに触りたくないから、こうして人間は傘を差すのだろうか。
だから子どもは空の分身である水溜りを喜んで踏むのだろうか。
その時、ぴたりとレッディの足が止まる。
「……。」
「どうした、レッディ。」
後ろから次元が声を掛けたその瞬間、レッデイは傘を投げた。
「っ!」
レッディはそれでもニコニコと笑いながらくるくる回る。
「あははは。雨のシャワーだ。」
次元は予想外過ぎる行動に慌ててレッディを止めようとする。
「ばっ…何してんだ!風邪引くだろが!」
「あたいそんなにひ弱じゃないよー。」
だがそれでもレッディは止めずに回りながら踊り続ける。
「そういう問題じゃねぇっ…て、の…。」
次元はもういっそ無理やりにでも傘を差させようとしたが、自身の体がそれをしようとしなかった。
雨の中踊り始めるレッディ。
その道路は小道で幸い誰も通っておらず、他人の目を気にする必要はなかった。
だがそんなことはどっちでも良かった。
ただ、雨に濡れながら舞うレッディは、美しい。
次元は無意識のうちに雨の中踊るレッディに釘付けになっていた。
数分後、大体一曲が終わった頃、レッディはゆっくり動きを止めて次元に振り向いた。
「あたい、小さい頃バレエやってたんだ。長くはなかったけどね。」
髪が雨に濡れて項垂れている。毛先から規則的に滴が落ち、それらはレッディの服を濃く染めていった。
次元はまっすぐこちらを見つめるレッディを見て、歩み寄る。
「レッディ。」
「何だい?」
しばらくそのまま黙っていたが、次元は紺色の傘をレッディに持たせてジャケットを脱ぎ、それをレッディの肩にかけた。
「風邪引くから、雨ン中踊んのはやっぱやめろ。」
ふわりと掛けられたジャケットにまだ微かに残る体温を感じながらレッディは目を細める。
「…大介優しい。」
「何でもいっから。」
困惑したようにレッディの冷えた頬に触れる。
レッディは微笑み、小さく頷いた。
「うん。大介がしてほしくないなら、やめるよ。」
レッディは投げた傘を畳んで持ち、紺色の傘の中に入った。
降り注いだ雨は地を流れて海に到達し、蒸発してまた空に戻る。
どこが始まりかも、どこが終わりかもわからない。
雨は嫌われ者でもなくてはならない存在。
嫌が無くては好は存在しない。
でも結局は繋がるもの。
善も悪も行きつく場所は同じ場所。
貴方と私もそうであるように。
-fin-
○梅雨のお話シリーズ第1弾!
次元とレッディです(^^)
レッディは少し過去に捏造が
入っちゃってます…でも
あんなに綺麗だから恐らく
バレエとかやってたんだはないかと(笑)
あと最後がわけわかんないので
後々変えるかもしれません!(汗)
Thank you for reading!!
[back][next]