傘-聞こえる雨音=雨の足音-
見えない景色。
外は昨夜から降り続いている雨がしつこくルパンたちのいる土地で停滞していた。
湿気の多い空気は広い戸外だけでは収まらず、構うことなく室内まで侵入してくる。
ルパンは肌にまとわりつく見えない水蒸気に嫌気が沸き起こり、傘も持たずにアジトを後にした。
次元と五右ェ門は外出で、二人に置手紙でもしようかと思ったが、しようとしまいとルパンを心配する質ではないことはルパン本人が一番良く知っていた。
外は中より少し寒い。もう6月だというのに、長袖のパーカを急いで着込んでいる女性も見受けられた。
確かに肌寒い気温ではあったが、蒸し暑いアジトよりは随分良いとルパンの機嫌は少し直った。
ぱらぱらと雨が降り注ぐ中、傘も差さずに歩いてゆくルパンを通行人は訝しげに睨んだり憐れな目で見つめたりしていた。
そんな視線を全て弾き返し、ルパンは路地裏に入った。
路地裏では雨が止み、何処かで雨を誘導しているぼろい屋根からコツコツと古びたごみ箱を不規則に叩く音が聞こえる。
ルパンは煤汚れた壁にもたれ、胸ポケットから煙草を取り出す。箱は少し湿っていたが中身は幸いなことに乾いたままでいた。
カチッとライターで火を付け、煙草に命を灯す。
白い煙を吐くと同時に頭から水滴が落ちる。雨の独特な匂いが己を纏い、呼吸がしずらかった。
だがルパンは不思議と嫌には思わず、短い呼吸をしながら薄暗い路地裏を見渡す。
ただ薄暗い路地裏は雨以外に音も無く、都会からは何かの区切りでかけ離れたような場所であった。
都会が表の世界なら、路地裏は裏の世界なのだろう。
晴れていても雨が降っていても湿気を感じさせ、見えない濁った空気で入った者の肺をじわじわと犯す。世間で嫌われている生き物も、ここでなら忌み嫌われることもなく世帯を築ける。
体は相変わらず乾く間もなく濡らされているというのに、ルパンは雨音が遠く感じられた。
今立っているこの地が、無くなってしまえば、果たしてどうなるのか。
闇に生きる人間に残される選択は二つ。
光の下で嫌われながら生きるか、死ぬか。
暖かい光が全てを救うわけではない。だが光が闇を創っているのも事実だ。闇で光は創れない。
湿ったごみくずや、生気の無い草を踏みしめながらルパンは路地裏の出口まで進んだ。雨はまだ止んでいない。
神と崇められた太陽に罵声を飛ばすこともできずに、生きていくのがこんなにも悔しくて悲しいものだとは。
その時、ルパンに止めど無く降り注いでいた雨が停止した。
振り返ると、そこには困ったような表情を浮かべている女性が傘をルパンに差していた。
「あーめが止んだ。」
雨によって役割を果たさせた煙草はルパンにつままれ、ゆっくり口内から出された。
地面に落ちた煙草はジッと一瞬音を立てて白い煙を雨雲に向けて出した。
不二子はため息をついて隣に回る。
「そんなことしてたら風邪引くわよ?」
「ちょっと濡れたい気分だったんだ。」
前に落ちてきている前髪をかき上げ、ニカッと笑いかける。
「雨も滴るいい男ってな♪」
だが不二子はルパンに目線だけを向けてあしらった。
「はいはい。風邪ひいても看病してあげない。」
「雨より冷てぇのー。」
ぶすぶすと口を尖らせながらルパンはわざとらしく愚痴を溢し、不二子の手の上から傘の柄を握る。
血が通っているかを問いたくなるような冷たい手が重なり、思わず不二子もぴくっと肩を揺らした。
だがルパンは何も気付かぬように鼻歌を歌いながら傘越しに空を見上げる。
「明日は晴れるかなぁ。」
「きっと、ね。」
聞こえる雨音は到来の雨の足音か、別れの雨の足音か。
遠くの空で、雨音はもう止んでいた。
-fin-
◯しんみりル不です(´`*)
ルパンは本当に雨も滴る良い男ではないかと。
落ち込むルパンを不二子ちゃんは
茶化さずに少し素っ気なく
包んであげるのが本当の優しさではないかと(^^)
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