白紙の未来、描くはこの手

ギィ…

空気を裂くような冷たく鋭い音を立てて牢屋の檻が開く。

「入れ。」

少し力強く次元の肩を後ろから押して、看守は次元を乱暴に檻へ押し込む。
少しよろけながら牢屋に入ると、そこには見慣れた顔がこちらを向いてニヒルな笑みを浮かべていた。

「付き添いがつくなど、随分と待遇されたものだな。」

「まぁな。有名人なのかねぇ。」

同じように五右ェ門に笑い返すと、次元はくるりと振り向いて去ろうとしていた看守に声を掛ける。

「なぁお兄さん、ライターねぇか?」

「……。」

看守は次元を横目で見たにも関わらず、そのまま何も言わず去って行った。
ガチャンと音を立てて室内から出ていくと、次元はわざとらしく思いため息をつく。

「冷てぇのは床だけじゃねぇな。」

「此処で温もりを求めることが過ちだ馬鹿者。」

「違いねぇ。」

くくっと喉を鳴らして形だけ用意されている質素なベッドに寝転んだ。
次元のと対称的に設置されているベッドに胡坐をかいて座る五右ェ門は次元が来る前と同じようにまた無念無想を始めた。

コツコツ…

数分後、革靴の音が牢内を響かせ、二人とも音のする方に意識を集中させる。
二人の前で止まった男は眉間にしわを寄せながら物騒な面立ちで二人を睨んでいた。

その人物を確認すると、次元は体を起こしてその男に笑いかける。

「よう、とっつぁん。どうだい?俺達を同時に捕まえる気分は。」

銭形は腕を組みながら檻の近くに置いてあった椅子にどかっと腰掛け、次元を見上げる。

「気持ち良いはずだがな、怪しすぎる。」

「以前のように自首したわけではない上、拙者と次元は別の場所にいたではないか。何を怪しむ?」

五右ェ門も目を開けて銭形を見ると、銭形はきっと睨んで声を上げた。

「こんなタイミング良くお前達が捕まるのが怪しいんだ!肝心なルパンがいないこともな!」

「ルパンはお散歩中だよ。こんなヘマしてアイツ怒るだろうなぁ。」

「人は誰でも失態を犯すものだ。」

「……。」

今の己の状況に全く動揺せず呑気な会話をしている二人を見て銭形はますます複雑そうな顔をした。
(まぁ慌てふためいているのも気持ち悪いんだがな。)

次元を逮捕したのはアメリカ、五右ェ門を逮捕したのは日本。
世界中で指名手配されている人間の仲間が海を挟んで別々の国で捕まり、銭形は驚いていた。
だが何の理由もなくこの二人が捕まるのは怪しすぎる。必ず何かあるはずだ、と銭形は二人を監視しやすいよう、出張命令を受けていたイギリスに二人を連れてくるように頼んだのだ。

「とっつぁんいいのか?ルパンを探さなくて。」

「ルパンがお前達を放っているわけがない。お前達を見張っていればルパンが来る、一石二鳥というわけだ。」

「そうかい…。」

次元が気を使っているのか茶化しているのか、気を逸らそうとしているのかルパンの名を出したが、銭形は素っ気ない返事をしただけだった。
銭形のルパンに対する執念深さに感心、半ば呆れながら苦笑する。

銭形は長らく見張るつもりなのか、煙草を出して火をつけた。
白い紫煙を吐くと、次元はその少し煙たい匂い気付く。
そして次元はベッドの近くにあったボロボロの木の椅子を引きずって檻の前に置き、腰掛けた。

「とっつぁん、火ぃ貸してくれねぇか?」

胸から煙草を出して銭形の前に差し出すと、銭形はそれをじっとみた。
先程なおしたばかりのライターを出すのが面倒だったのか、くわえていた煙草を外して直接次元のメンソールに近づける。

ジジッ…と音を立てて次元の煙草は黒く光った。

「…さんきゅ。」

檻から手を遠ざけて次元は煙草を銜える。
紫煙を燻らせると、五右ェ門が眉間にしわを寄せたように見えたが敢えて見ないふりをした。

すると、銭形が二人を見やって目を細める。

「お前達とも長い付き合いだな。」

「何せルパンの相棒だからな。ルパンの追っかけに嫌でもよく会うのは仕方ねぇ。」

「誰が追っかけだ!」

少し茶化すと銭形は目を吊り上げて怒った。
その反応が面白く感じ、次元はくすくすと肩を揺らす。
バカにされていると思いながらも、銭形はため息をついて話を逸らした。

「わしがまだルパンを知らん頃、五右ェ門のことは少し内部で聞いていたが、次元に関しては何の情報も回ってこなかった。」

「五右ェ門のこと知ってたのか?」

当の五右ェ門よりも先に次元が驚いて言うと、銭形はゆっくり頷く。

「まぁな。若くして数多の人殺しを繰り返す侍がおる、と。指名手配に入っていた奴らが次々といなくなるんだからな、驚いたもんだ。」

少しも表情を変えずに言うと、五右ェ門が眉をひそめて銭形を睨む。
恨みや怒りなどがこもっていない、黒く重い瞳。

「…本来ならば今直ぐにでも拙者を罰するべきだぞ、銭形。」

流石侍、といったところか五右ェ門はたった今からでも覚悟ができているような声色をまっすぐ銭形に向けると、銭形は嘘っぽいため息をついて五右ェ門を目を向けた。

「そうかもしんねぇが、過去のお前のことを知ってる奴はこの刑務所にはあまりおらん。悪党と言えどわざわざよく知ってる奴を苦しめたがる程俺は悪趣味じゃねぇよ。」

わかっていたことだが、こう言葉にして言われると次元と五右ェ門は驚いた。
きょとんとしながら銭形を見て、互いに目を合わせる。

「優しいねぇ。」

「うむ。」

「…何を言っても逃がしてやらんぞ。」

照れ隠しか、些か紅潮しながら銭形は煙草を吹かした。

煙草が半分ほど灰になり冷たい石の上に落ちる頃、次元はふと思い出したように口を開けた。

「ところでとっつぁん。俺は一応昔マフィアの犬だったんだが、本当に知らねぇのか?」

「マフィアの?」

黙って頷く。
やっぱりか、と次元が言うと五右ェ門が次元に声を掛ける。

「ルパンに会うまでは次元は日本にはあまりおらん故、知らなかったんじゃないか?」

その言葉に次元が頷こうとすると、銭形がそれを遮った。

「いや、マフィアの犬ってのは聞いたことあるが…。お前だったのか?」

「腕の立つ黒犬とか呼ばれたこともあったけどよ。」

苦笑しながら次元は口角を上げる。
銭形は無言の天井を見つめながら繰り返す。

「そうか…知らんかったな。いな、知っていたが次元がマフィアの人間だったとは…。」

「全く嫌な昔話だぜ。生まれた時はこんなつもりなかったのにな。」

生まれたときは平凡な家庭にいた。
いつからだったろうか、この愛銃を持つことになったのは。
気付けば命を狙い狙われの繰り返しで、ある人物に会うまでは笑い方も覚えていなかった。

「のうのうと生きてたらきっと五右ェ門にもとっつぁんにも、アイツにも会わなかっただろうな。これも運命…か。」

後悔がないと言うと全くの嘘になる。
ろくに覚えてもいないきっかけで味わわなくても良いものを味わってきた。
消せない過去を背負い生きるのは魂を削るような苦痛がある。
次元は無心になり言葉を失った。
その時、重い沈黙を破ったのは銭形だった。

「運命なぞ初めから決まっているものではないわ。」

はっと顔を上げて銭形を見る。
銭形はいつの間にか顔だけこちらを向いていた。

「お前が何をきっかけにそのマグナムを持つことになったかは知らねえが、そのきっかけを決めたのはお前自身だろう。運命のせいにするな。」

子どもを叱りつけるように言うと、次元は唖然とした。
そして直後込み上げる笑いを喉で押しとどめる。
呆れてもバカにしてもいない、ただ何かが嬉しくて次元は笑っていた。

何故か説得力はあまり感じられなかったが、銭形の言葉は次元の中でずんと音を立てて沈んでいった。

「…あぁ、そうだな…。」

あと少しの煙草を手に取り、灰をその場に落とす。

「ま、この生活は嫌っちゃいないぜ。退屈はしねぇし、まぁアイツが我が儘すぎるのは腹立つがな。」

うんと椅子に座ったまま背伸びをして次元は微笑んだ。
すると五右ェ門と銭形も笑いながら目を細める。

「女癖もな。」

「無茶ぶりもだろう。」

「あぁ、そうだったそうだった。」

いない相手故に三人は好き放題に言って笑った。


「さて、昔話はこれくらいにするか。明日からはお前たちの檻は別々にするからな。」

「はいはい。」

交代の時間がきたのか、銭形は立ち上がって牢に足を進める。

「またなとっつぁん。」

手を振ると、一度ちらりと振り向いて何も言わず銭形は出て行った。
すると次元はゆっくりと手を下げて五右ェ門に振り向く。

「さて…と、五右ェ門。」

「あぁ。」

腕時計で現在の時刻を確認する。
五右ェ門はベッドから降りて小さな小窓を覗いた。

「もうすぐで予定の8時。外はどうだ?」

「相変わらずだ。警察は門に2人、入り口に3人、その他には…14、5人ほどだな。」

「ならいける…な。」

次元はマグナムの残弾を確認してズボンに戻す。

「んじゃ、とっつぁんの期待を裏切らねぇように、」

「行くとするか。」

顔を合わせて笑いながら次元と五右ェ門は自身の愛器に手をかける。

外では同じように笑いを浮かべながら、二人に始まりの合図を出そうとしている男がいた。


-fin-

○とっつぁんと二人のお話。
ルパンを見るととっつぁんは
追いかけてしまうので←
この二人だと落ち着いて
話ができるんじゃないかと…
若干捏造が入っていてすみませんっ(汗)

Thank you for reading!!


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