おつかれー、と言って部室のドアを開けると、一番乗りだったらしい日向がロッカーの前でぼうっとしていた。こりゃまたなんか悩んでんだな、と思いつつお疲れ、と改めて肩を叩くとはっとしておお、お疲れ、と言った。

「なんだ、居るなら言えよな。黒子じゃあるまいし」
「おつかれーって言ったぞ」
「マジか、気づかなかった」

そういいつつ、まだぼーっとしたままだ。これは相当なのかもしれない。

「で?」
「んあ?」
「今度はなーに悩んでんだ」
「は?別に悩んでねーよ」
「嘘だな。顔に書いてる」
「えっ・・!てお前、また俺を痛めつけるのか」
「違うって」

バスケ部ができた頃、カントクにあげたいプレゼントのことで悩んでるときもこんな会話をした。何悩んでるんだ、と訊くと否定し顔に書いてあるぞというとマジかよ、って顔で自分の顔をバチンと音が出るくらいの勢いで叩いていってー!と涙目になっていた。あれは端からみるとだいぶおもしろかったな、と久しぶりに思い出して笑う。それと同時に、あのときはまだ俺が隣に居たよなあ、と思った。自分で思い出しといてへこんできた。いや、あの頃からもう、日向の隣は俺のものじゃなかったのか。

「その反応は悩んでるってことだろ。言ってみそ」
「・・・真面目に訊いてるかお前」
「訊いてる訊いてる」

言ったほうが楽になるぞー、と言っても日向はいやーとはぐらかす。今までの俺だったらもう一押しするだろうけど、少し戸惑った。俺が訊いてもいいのだろうか。むしろ、俺が訊くべきじゃないんじゃないか。一度そう考えるとどうも引っ掛かってしまって、まあ無理には訊かないな、とロッカーを開ける。なんとなく日向がこっちを見ている気がした。やっぱりそうだったらしく、開けたばかりのロッカーを勢いよく閉められて俺の鼻スレスレを通った。びっくりした。な、なんだよ、と言うとぎろりと鋭い視線を向ける。

「伊月、お前こそ何悩んでんだ」
「は?いや、俺は別に何も悩んでないよ」
「嘘だな。人に訊く前に自分の悩みを話せよ。お前は俺のことを心配しすぎだダァホ」

わかったか?と瞳を覗かれる。俺は常にポーカーフェイスでいるつもりで、悩みとか考え事とかを人に悟られたりすることはあまりない。だからなのか、周りの奴らの考えていることはなんとなく理解している。日向のことを常に気に掛けているのは仲間だからなのはもちろん、他のみんなとは別のややこしい感情を抱いているからだ。

「日向ってば」
「あ?」
「かっこいいなあ」
「誉めてもなんもやんねえぞ」
「日向」
「なんだよ」

好きだよ、なんて言ったらいけない。込み上げてくる感情を抑え込むのにはずいぶん慣れたはずなのに、こうしたふとしたときに気持ちが緩んでしまう。

「いや、なんでもないよ」

フッと笑いながら言って視線を反らした。日向が何か言いたげな顔をしたのがみえたけど、もう見返さない。まだ諦めるのは難しいから、もう少しこの想いを消さなくていいだろうか。少ししてから勢いよくドアを開けて入ってきた木吉を、羨ましそうに見つめた。






諦めるのはまだ先
121203


2012.12.13
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