このバレンタインという行事は厄介だ。この時期になると、男共は女子に対しての振る舞いががらりと変化する。そんなにチョコが欲しいのだろうか。あんな甘いもの、自ら好んで欲しがる奴らの気がしれない。まあ、俺がただ単にあまり好きじゃないからだけど。
「もうすぐバレンタインだね!」
そんなことを考えているのも束の間、期待に満ちたような声が目の前から聞こえてきた。こいつも、どうやらその辺の男共と同じらしい。
「そうだな」
「くれるんでしょ?」
「は?誰が?」
「真一くんが」
「お前は男からチョコが欲しいのか」
違う!と身を乗り出して否定されて、思わず後退りする。こいつはいちいち顔が近い。そうしたら、
「半田からのがほしいの!」
とか大真面目な顔で言うもんだから、思わず目を大きく見開いた。
「だって真一くん僕のこと好きとか言わないじゃん」
「言ってほしいのかよ」
「そういうんじゃなくて!気持ちが欲しいみたいな」
なんだそれは。
まあ確かに、俺は自分からそんなことを言ったりはしない。その反面、マックスはやけにべたべた触ってくるわ言ってくるわ。それが嫌とは言わないけど。俺がそんなことをしないのは、ただ単に恥ずかしいだけである。
だからやっぱり、
「やだ!」
「んな、なんでだよー!」
というやりとりは、バレンタイン前日まで続いていた。
当日、朝から教室がチョコの甘ったるいにおいに溢れていた(このにおいは苦手だ)。チョコ自体好きではないし、俺なんかに渡す奴はもちろんいないので面倒な思いをせずにすむ。すたすたと自分の席に行って座った途端、下を向いた視界に奴の手が映った。
「はーんだっ」
その手には、何個ものチョコらしきものが抱えられている。なんとなく気にさわった。
「なんだよ」
「貰っちゃったー!超うまいよ〜食べる?」
そう言って、抱えていたチョコの中のひとつを差し出してきた。
なんだよそれ。女子からチョコなんか貰って超嬉しそうじゃん。なーんだ。
「俺なんかがあげなくたって全然いいんじゃん」
思わずそんな言葉が出てきて、勢いよく立ち上がり教室から飛び出してしまった。
「あ、ちょ、半田っ?」
廊下にまで甘いにおいがしみ込んでいて、鬱陶しくて目をつぶった。
「半田ーごめんってー」
とうとう上靴のまま外に出てしまったが、マックスはまだまだついてくる。別に謝ってほしいわけじゃないし、そこまでされると逆にこっちが悪いような気がしてくる。いや、悪いのか。
「もういいって!」
立ち止まって振り返ると、少しだけめずらしい驚いた顔をしていた。
「ほんとに?」
「うん」
「ごめんね」
「だからいいってば」
こんなにしつこく言ってくるのは珍しい。基本こいつはばっさりしてるから、普段はこんなこと一回しか言ってこないのに。とか思っていると、でも、と聞こえて顔を上げる。
「半田は僕のこと、本当に好きなのか知りたかったんだよ」
真っ直ぐにこっちを見ていてどきっとした。こいつは、人と話すときに相手の目をしっかりと見ることができる。俺にはできないな、と思う。やっぱり、俺の気持ちはあまり伝わっていないらしい。だからと言って、言葉で言うのはどう考えても無理だと判断した。
だから。
「…そんなの、」
マックスの腕を引っ張って頬にちゅ、と音をたてて軽くキスをした。恥ずかしい。今なら多分羞恥で死ねる。たったこれだけだが、俺にとってはかなりの精一杯なのだ。
「…チョコなんかなくたって分かるだろ、」
マックスの腕の裾をつかんだままつい下を向いた。これだけのことなのに、目が合わせられない。心なしか声が震えた気がする。
「ああもう!」
「う、わっ」
不意に、正面から思い切り抱きつかれた。ほんのり漂う、甘いにおい。
「真一くん大好き!」
なんて急に大声で言うもんだから、一気に恥ずかしさが倍増した。
「な、大声でいうな!」
なんでこいつはこんなことを堂々と言えるのか。言われてるこっちの身にもなってほしい。
でもまあ、次は俺も少しくらい言ってやろうか(多分無理だろうけど)。驚いた顔が浮かんできて、思わず笑ってしまった(やっぱり、こいつが好きだ)。
それはチョコよりも甘い、
(お返しは期待しててね!)
(いや、結構です)
というか半田くんチョコあげてませんし
2012.02.12