無意識に蘭→拓
そんな蘭←マサ




週に三回、霧野先輩と帰る約束をしている。それは別に俺が決めたわけではない。霧野先輩にいろいろと悪さをしていた俺に、部活以外で何かしでかさないか、という理由で一緒に帰っている。いわゆる見張りのようなものだ。最初こそ鬱陶しかったものの、次第に俺は先輩に心を許していた、かも。というより、いつの間にか好きになっていた。自覚はしたがもちろんそれを本人には言わない。でも、当の霧野先輩は口を開くと神童神童と鳴き声のようにキャプテンの話しかしない。それでも俺はまたキャプテンの話ですか、と苦笑いしながらため息を吐くと、え、そうだったか?と言う。この人は無自覚なのだから、頭も痛いし胸も痛い。


「…って、聞いてますかあ?」

ずいっと顔を近づけると、はっとしたようにああ、すまない、と軽く笑った。その顔が気に入らない。キャプテンのことを考えているというくらいすぐにわかる。今日の練習中、キャプテンはまた何か一人で悩んでいるようだったから、多分そのことだろう。やっぱりキャプテンのことしか考えてない。それでも霧野先輩が、好きで、好きなのに、憎いと思った。でもそれよりも、こんなに先輩に想われているキャプテンがもっと憎らしく思えた。


「俺のことも、すこしは、考えてくださいよ」

いい加減にしてくれませんか、と睨み付けると、困ったように狩屋?と言う。ああ、この人は本当に何も分かっていない。目の前の俺を見ていない。

「俺はこんなにせんぱいがすきなのに、なんでせんぱいは、キャプテンしか見ないんですか。俺のこともすこしは見てくれたって、」

涙が溢れ出すのを感じたと同時に、頬に流れた。情けない。こんなところで、こんなことで泣くなんて。情けないし恥ずかしい。しかも今勢いに任せて好きだなんて言ってしまった。霧野先輩も最低だけど、自分も最低だ。

「狩屋、ごめん、あの」
「あやまるな!」

この人は何に対して謝っているんだろう。キャプテンの話ばっかりして悪いと思ったから?俺の気持ちに答えられないから?そんなことを求めているわけじゃない。もし後者だったらただ俺の虚しさが増すだけだ。だったら笑われた方がまだマシだ(と思ったけど、笑われても虚しくて泣くかもしれない)。

「ばかみたいだ、」

さようなら霧野先輩、と言って歩き出すと、もちろんそのまま足を進ませてくれるはずもない。待てって狩屋、と強く腕を掴まれた。びくりと大袈裟に肩が揺れる。

「神童…あいつは、昔から一人で抱え込むんだ。だから、俺が支えてやらないといけない」

そんなこと分かっている。そんなことを言われるのは分かっていた。でもそんなのは先輩のただの思い過ごしだ、なにもキャプテンを支えるのが霧野先輩じゃないといけないなんてわけがない。それなのにこの人は、それが自分の使命とでもいうように。気に入らない。何も言わないでいると、でも、と言葉が続いて、それは予想外だったから、ごくりと息を飲んだ。

「狩屋、お前のことだって考えてる。お前が来てからさんざんなこともあったけど、最近はお前と居ると楽しいし、素でいられるんだ。手がかかるけど、かわいい後輩だと思ってる」


ああ、最低だ。この人は最低だ。どうしてそんなことが言えるのだろうか。
俺は先輩のそれだけの言葉でこんなにも気持ちが掻き乱されているのに、当の本人は全くいつもと変わらないのだろう。先輩の言う俺に向けた言葉には、後輩のうちの一人、に向けるただの言葉だからだ。俺は違う。俺が先輩に向ける言葉には、少なくとも他の人とは違う気持ちを込めてしまう。


「霧野先輩なんて、」


霧野先輩なんてだいっきらいですよ。そう叫んで掴まれた腕を振りほどき思いきり走り出す。
きらいだ。きらいだきらいだきらいだ霧野先輩なんてきらいだだいっきらいだ。心の中で同じ言葉を繰り返しても、その言葉の隙間から違う感情が溢れ出す。すきだ。霧野先輩がすきですきで、どうしようもない。さっき掴まれた腕が熱い。顔も熱い。どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。どうしてこんなに好きになってしまったんだろうか、あんな人。俺がキャプテンだったらよかったのに、なんて現実味のない幼稚な考えが浮かぶ。ああでも、俺が俺だったから、狩屋マサキとして霧野先輩に出会ったから、こんなに好きになったんだろうか。でも、どうせ振り向いてもらえないのなら、出会わなければよかった。そうも思ったけど、今まで霧野先輩と一緒にいた日々を思い出だしてそれがなかったことになると思うと、また涙が出た。










とけてなくなれ
(どうにもならないこの気持ちは、)


2012.02.12
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