放課後、久しぶりに部室に行ってみようと思った。


FFIがもう始まったらしい。
この前テレビで、第一試合の振り分けが発表されていて、「イナズマジャパン」と名前が出たとき、改めて実感した。
あそこの場に立つほんの少し前には、僕もあの中に居たのに。
なんていう考えがつい出てきながらも、部室への足取りは速くなる。




「あ、はんだ」
「おお、」


古くさいドアを開けると、いつも座っていた机の椅子に半田がいて愛読の漫画を読んでいた。
さっきホームルームが終わった瞬間に急いで教室を出ていってたのはこういうことか。
向かいにある椅子に僕も腰掛けて、近くにあったサッカーボールを抱える。
同じクラスなのに、なんでわざわざ一人で来たんだろ、なんて疑問が浮かんでるのも知らず、相変わらず漫画に夢中の半田くん。



「半田は、なんでサッカーをはじめたの?」

僕の声が、いつもより重い沈黙を破る。
今度はふと、そんな疑問が頭に浮かんだから素直に訊いてみた。
そういえば聞いたことなかったし。

「えー…なんだったっけ」
「えー」

読んでいた漫画を閉じると、うつむいて考えるポーズをする。
少しの沈黙のあと、ああ、思い出した、と顔を上げた。

「昔から、ボールを蹴ってたから」
「小さいとき?」
「うん。それで小学生のときにはじめたんだった」
「へーえ」

半田には、しっかりとサッカーをしてきた経歴があったことに少し驚いた。
それに比べると僕がサッカーを始めたのは、ただの助っ人というとても容易な理由だった(ある程度人数がそろったら、僕が居なくてもよくなったら、いつもみたいにすぐやめるつもりだったし。)
でも、いつの間にかサッカーにのめり込んでいた。
あんなに楽しいと思った。
サッカーというのは、本当にすごいんだなと実感したことが何度もあった。
いや、むしろ毎日感じてた気がするけど。



「…円堂たち、すごいよな」

読んでいた漫画を閉じて、独り言のように小さな声でつぶやいた。


「そうだね、」
「世界レベルだぞ?そんな奴らといままでサッカーしてきたとか実感がない」
「僕もだよ」

円堂たちは、僕たちにとっては誰にでもいる最高の仲間だった。
そんな奴らが急に世界に挑むなんて、そりゃあさすがの僕もまだ違和感がある。
現実と夢、と言っていいくらいの差があったから。


「お前もすごいよな、マックス」

世界レベルの候補に選ばれたんだぞ?
うつむきながら笑ったけど、その顔は悲しそうに見えた。

「俺はそんな昔っからやって候補に選ばれる程の実力はないし、途中で怪我までして迷惑かけて、しまいには自分の欲求にも負けて、あんな」


それ以上は言わなかった。いや、僕が言わせないようにしたから。
悲しみの言葉があふれ出る小さな口を、右手でふさいだ。


「分かってる、言わなくても分かってるから」

半田の目には、わずかに涙がたまっているように見えた。


僕だって悔しかった。
怪我をした時、自分がもっと強かったら、なんて何度も思った。
自分たちの弱さを実感して、仕舞には自分の欲求に負けたのだ。
でも。
それでも、


「僕は、半田ががんばってるのしってるよ。部活が終わったあとだって、家の近くの公園で練習してるじゃん」
「…見てたのかよ」
「たまたま見た」

まあ、僕の家と反対方向なんだけどね。



「僕たちだって、すごいよ」

何を言っても、半田は無反応だった。
僕より少し大きい体が、普段より小さく弱々しく見えた。
だから、席を立ってその震える体をゆっくりと抱き締める。

「…なんだよ、」
「ここ寒いじゃん」
「お前だけだよ」
「いいからいいから」


次第に半田も僕の背中に手を回して、声を出して泣いた。
涙に濡れた声を耳元で聞いて、僕もつい泣いてしまった。
しまったな、慰めるだけのつもりだったのに僕が泣いたら意味ないじゃないか。

そう思っても、涙は流れることをやめてくれなかった。
しばらくの時間、僕たちはお互いの傷を癒すかのように抱き合って泣き叫んだ。




「サッカー部に入らなかったら、こんな気持ち感じれなかったかもなあ」


部室から出た僕たちは、家へと帰る道を並んで歩く。
もうすぐ夕日が沈みそうで、空はとても綺麗な茜色をしていた。


「それは円堂に言ってやれ」
「ああ、そうだね」

さっきまでのことは、多分これからも話に出ることはないと思う。お互い自分から話さない限り。


「半田あ」

立ち止まると、少し先に進んでいた半田が振り向く。
それまで僕が立ち止まっていたことに気付いていなかったらしく、振り返って距離があったことに少し驚いていた。

「これからも一緒にサッカーやろうね」
「…だな、」

笑いかけると、同じように笑顔を返してくれて安心した。



僕たちの影はゆっくりと伸びていく。
少しずつ暗くなる空を見上げながら、他愛のない話をした。







とまるもゆくも
(僕たちの居場所はここには変わりない、きっとあいつらもいつか戻ってくる)
(そのときが来るまで、俺たちは待っていることしかできないけど、)



2011.03.14
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