学校で生活する中で、移動教室ほど面倒なことはない。教室は暖房がついてるものの、一歩廊下に出ればそれはもう天国から地獄のようなものだ。
横では天馬くんと信助くんがサッカーの話で盛り上がっている。こいつらはいつでもサッカーの話しかしていない。ような気がする。いつもいるマネージャーの空野は、今日はクラスの女子と一緒のようだ。
すると教室の前の廊下に、見慣れたピンクのお下げに学ランという不釣り合いな人影が見える。


「あっれ〜?霧野先輩」


いつものようにわざとらしく話しかける。その声に、あっ、霧野先輩!とさっきまで話に夢中だった天馬くんたちが先輩に駆け寄った。その後ろから着いていくと、天馬くんのどうしたんですか、今日は部活休みなんですよね、から始まる立ち話を耳に入れる。寒いなあ。早く教室に入りたいんだけど。

「んで狩屋、今日ひまか?」
「は?」

ふいに名前を呼ばれてはっとする。天馬くんの後ろにいたつもりがそこにいたはずのその姿はもうなく、目の前には霧野先輩がいた。おそらく彼らは教室に戻ったのだろう。すっかりぼーっとしていたようだ。まあそれはおいといて。

「別にこれと言った用事はないですけど」
「そうか。じゃあちょっと付き合え」
「はあ?なんで俺が」
「たまにはいいだろ。先輩が頼んでるんだぞ」
「そんなの知りませんよ」

…とか何度ぐちぐち言っても、一向に引かない。なんなんだこの人。めんどくさいし寒いしで、ああもう分かりましたから教室戻っていいすか、と言うとぱっと笑顔になりじゃあ昇降口で待ってるな、と一言言って歩き出してしまった。
なんなんだよあの嬉しそうな顔。俺は嬉しくねーよ。
ただ、俺じゃなくても別によかったんじゃないのか?そう思って天馬くんや信助くんが霧野先輩と出かけているのを想像したけど、なんとなくもやもやした。



どうやら、駅前方面に向かってるらしい。普段はあまりこっちの方には来ないから、少し新鮮な空気な気がする。
霧野先輩は自分のマフラーを買いに来たらしい。散歩中だった犬に持っていかれた、というなんともドジな出来事だ。一人だとどれを買えばいいのか分からないし、俺がこっちの方面に来たことがないから折角だし一緒に行こうと思って俺を誘ったとか。
この人は、ただのお人好しなんだろうか。入部したての頃に色々された後輩のことを思うなんて、お人好しというより、ただのバカなんだろうか。

「ん?なんだ?」
「いーえ、別になんでも。それより、早く買ってくださいよ」
「お前が選ぶんだからお前次第だぞ」
「ええぇー…」

そんなわけで、結局マフラーは俺が選んだ。茶色に薄いピンクでチェック模様がついているやつで、明らかに女の子向けと思われそうだ。それでも霧野先輩は満足そうだった。


「あ、ちょっとストラップみてもいいですか」
「ん?ああ、買うのか?」
「はい、この前携帯買ってもらったんですよ。なんか着けないとなにかと不便でしょ?」

あーなるほどね、と頷いたあとにうーんとかあーとかでもなーとかぶつぶつと呟く。何考えてんだこの人。
するとよし!と顔を上げてこちらを向いてきた。

「俺が買ってやるよ。今日付き合ってもらったお礼だ」
「えっ……」
「どれがいいんだ?」
「な、なんですか霧野先輩、気持ちわるい。まあ買ってくれるなら喜んで買ってもらいますけど」
「なんで上から目線なんだよ…」


一瞬、声が裏返りそうになった。まさか霧野先輩から買ってやるなんて言葉が出ると思わなかったし、だから期待もしていなかったのに。
少し早足でストラップの棚に向かうと、サッカーボールの着いた根付けストラップがあった。なんでもよかったし、ぱっと目についた水色のサッカーボールのを取る。まあせっかく買うならサッカー部っぽいのでも悪くないし。すると横から、お揃いにするか?なんて台詞が飛んできて、思わずはあっ?と声を上げでしまった。


「なんだよ、嫌なのか?」
「いやいやいや。ていうかなんでそうなるんですか」
「いやあ、俺もちょうど一新しようと思ってたんだよな。丁度いいし。お前に拒否権はないからな」

なんて勝手なことを言って、自分の分を取ってからそそくさとレジに行ってしまった。なんで拒否権はないんだよ。



「ほい、大事にしろよ」


戻って来た先輩に渡されたがなぜかわざわざプレゼント仕様になっていて、おいおい俺は女子か、と思った。でもこんな風に他人にものを買ってもらうのは初めてな気がして、なんとなく嬉しい気持ちになる。もちろん、そんなの気づかれたらたまったもんじゃない。

「…どうしようかなあ」
「お前な…。素直にお礼も言えないのか」

男の先輩からストラップを貰ったからと言って、こんな舞い上がった気分になってるなんておかしいのか。いや、おかしくない。部活の先輩から奢ってもらうなんてことなかったから、多分こんなもやっとした気分なんだ。そう考えれば、別に普通じゃないか。というか、それ以外に何があるっていうんだ!
…そうは思っても、俺は相変わらずお礼を言うのは苦手なのだ。


「どうもありがとうございます、バカな霧野先輩!」


結局このもやもやした気持ちは納得できないけど、今の俺には憎まれ口を叩くくらいしかできそうになかった(このあと、すぐに先輩に殴られた)。

2012.01.29
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