俺はトキヤが大好きだ。いつからこんなに想っていたのかはよく分からない。気がついたらトキヤは俺の中で一番大事に思う存在になっていたんだ。
トキヤとはクラスが違うから普段何をしているのか分からない。きっと自分の席に座って本を読んでいるか授業の予習復習をしているか、まあそんなところだろう。そんなトキヤを見て、クラスの奴らはさすが一ノ瀬だな、とか、この問題教えて、とか言って肩に手を置いたりしているんだろうか。

「ねえトキヤ、どうなの?」

しゃがみ込み視線を合わせると、少しビクリと体が震えた。頬に残る赤い痣が痛々しい。もしかして俺に怯えてるの?許せないけど、かわいいからいいや。だって、今トキヤの瞳には俺しか映ってないでしょ?
縛り付けてられている手首と上半身が痛むのか、少しつらそうだ。トキヤが辛いのは嫌だから、早く質問に答えてよ。じゃないとまた叩いちゃうよ。


そんなことはされてませんし、言われてもいません。

「…音也。私は貴方が好きです。貴方以外の方にこのような気持ちを抱くことはありえません」
「…馬鹿だなあトキヤ。そういう問題じゃないんだよ」

トキヤが俺以外に恋愛感情を抱くなんてありえない。そんなことは当の昔に分かっている。トキヤが俺以外の人間を俺以上に好きになれるはずがないもん。ただね、周りの人間はそんなこと知らないんだよ。もしかしたら、クラスの中にトキヤに好意を抱いてる人がいるかもしれないじゃない。ありえない?なんで言い切れるの?皆さんにはいつも冷たい態度をとっているから?はは、甘いよトキヤ。トキヤは自分で思ってるよりも他人に甘いんだよ。だから皆、トキヤに集まって行くんだよ。無自覚だなんて、余計にたちが悪いよ。痣の付いていない方の頬を殴ると、耐える力が無くなってきたのか、そのまま倒れてしまった。手の使えないトキヤの胸ぐらを掴んで起き上がらせる。大丈夫?頭打ってない?

「そういえばこの間、トキヤの後着けていったら、びっくりしちゃったよ。まさかマサと出掛けるなんてさ。随分と楽しそうだったね?」

そう言うと、目を大きく見開き、またビクリと肩が震えた。ふ、かわいいなあ。焦ってる?でも、なんで焦るの?俺に言えないようなことでもしたの?そんなことない?そっか、そりゃあそうだよね。でも気になるから、あの日1日マサと何してたか教えてよ。やましいこともないんだから、何でも俺に話せるでしょ?



……これで全てです。そう最後に言った内容は、何のやましいこともない友人と過ごした時間だった。
マサと何もないことくらい分かっていた。それでもトキヤに言わせたのは、その何もなかったという事実をどうしても疑ってしまうからだ。
トキヤへの思いが止まらない。愛しさが募って、全てが疑わしく感じる。愛しいのに疑うの?どうして?
縛っていた縄をゆっくりほどくと、力が抜けたように俺の体に倒れ込んだ。

「ごめんね、痛かった?」
「いえ、平気です」
「嘘だ。トキヤ、泣きそうな顔してる」


瞳を除き混むと、その瞳に映る自分の姿が見えた。ああ、泣きそうなのは俺の方じゃないか。


「…貴方の方が、泣きそうですよ」
「そんなこと」

ないよ。肩が震えて言葉が出なかった。嗚咽が止まらない。目から溢れる涙が止まらない。どうして。どうしてこんなことになってしまったのだろう。俺は誰よりもトキヤが大好きで、誰よりも大切にしたくて。
(大切にしたくて?)
この頬の痣は誰が付けたの?この手首の縛った痕は?



「トキヤ、好きだよ。世界で一番大好きなんだ。だから、」

俺のことだけ見てて。俺の声だけ聞いてて。俺の温もりだけ感じてて。俺以外の汚れた奴らを見ないで話さないで触れないで。

腫れ上がる頬に手を添えると、その手に自分の手を重ねた。そして、涙を一筋流して弱々しく微笑んだ。俺はこんな笑顔が見たかったのだろうか。明日から、今まで通りの俺たちに戻っているだろうか。
そんなこと無理だってことくらい、分かってるけど。こんなことをして、自分が今まで通りにできるわけがないのだ。

やるせない思いがどうにも消えてくれなくて、縄の痕で痛々しく赤く染まった手首にキスをする。
この痛々しい痕は、トキヤが俺のものという証になるんじゃないか、なんて、物騒なことを考えた。









知らなければよかった
そしたらこんなことにならなかったのに、


(…本当にそう?)

2011.12.12
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -