常識から外れることはいけないことなのだろうか。そんなことを思いつつ、いものマグカップに珈琲を注ぎ込む。
私はどちらかというと常識というものに囚われていた方だと思う。過去形ということは、少なくとも今は常識から僅かばかり外れているということだ。
常識から外れるということは恐ろしいことで、誰もがそれを恐れ、その輪から外れないようにしがみつく。私もそうしていたつもりだった。しかし、その努力も一人の男によって完全に崩壊してしまった。

同室の一十木音也の第一印象は、同じ男とは思えないほどきらきらと輝いているように見えた。そんな男とまさかルームメイトになるなんて、これは何か仕組まれたことなのではと頭を悩ませた。何故って、それは私が最も関わりたくない人柄だったからだ。まさかその男に、私の常識の殻を破られるとは思いもしなかったのだが。

同性に告白というものをされるのは勿論17年生きてきて初めてのことだった。
その出来事は、就寝しようと布団に入ろうとした時に前触れもなく起きた。所謂常識から外れている出来事だった。まさか自分がその非常識な出来事に該当するとは思わなかった。それは当たり前である。
しかし、不思議とこの男を非難する目では見なかった。少しの動揺と衝撃が一度に襲ったが、嫌だとか、気持ち悪いだとか、そんな気持ちは一瞬でも浮かんで来なかったのだ。何とも不思議な感覚。
しかしいきなりのことすぎて言葉が出なかった私を引いたとでも思ったのか、気持ち悪いよね、ごめんね。でも、好きなんだ。とはっきりと言った。
そう言った顔は凛としていて、ああ、敵わないと思った。私はこの男には敵わない。何故かそう確信してしまった途端、震える彼の手をそっと握った。びくりとして顔を上げてきたので、私はその瞳を真っ直ぐ見つめた。初めてのキスが、こんな形でされるとは夢にも思わなかったが。



扉が開くと同時にただいま、と疲れきったような声が聞こえてきてはっとする。

「お帰りなさい」
「トキヤあ、疲れたよ。ただいまのちゅー」
「何言ってるんですか。まずは手を洗いうがいをして着替えなさい。ご飯を温めておきますから」


ちぇー、と残念そうに呟きながら洗面所へと向かって行った。
私が受け入れてからというものの、音也は遠慮もなしに私に触れたがるようになった。そんな気は私にはないというのに、それでも抵抗しない自分が分からなかった。結局、自分もそんなことを望んでいるからなのだろうか。分からない。しかし、嫌ではないことは事実なのだ。

そういえば、とテーブルに目をやると、注ぎっぱなしで口をつけていないマグカップが寂しそうにぽつんと置かれていた。白い湯気もとっくに収まっている。
口を開き流し込んだ珈琲は当に冷めきっていて、先程まで暖かかったはずの身体を冷たくした。




(私は求めているんだろうか、この冷めきった身体を暖める温もりを?)
(…それとも?)

2011.12.04
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