「あ、トキヤ、」


おかえり、と言う前に、目の前にいたはずの体が肩にずしっと倒れてきた。
一瞬何が起きたのかわからなくなったが、すぐにトキヤが倒れた、と理解。

「ちょっ、トキヤ?大丈夫?」
「う…すみません……。少々無理をしすぎたようで、…」


同室のトキヤは常に冷静沈着で、真面目でがんばり屋だ。
でも、自分の非の部分を外へ出したり、弱音を吐いたりは一切しない。
苦しいと思っているときも、いつも自分一人で解決しようとするのだ。
それがトキヤの悪いところだと俺はいつも思う。
同室の俺にすら、弱い部分を決して見せようとしないんだから。
もっと甘えてもいいのに。朝も夜も一緒に過ごしている俺にくらい、みっともないところをみせていいのに。

そんなトキヤが部屋のドアを開けた途端に倒れこむなんて、よっぽど無理をしたんだろう。
何気なく頬に触れてみるとそこにはものすごい熱が集まっていて、思わずあ!?と大声を出してしまった。


「トキヤあっつ!完全に熱あるよこれ!」

確認するため額に触れると、そこにも信じられないくらいの熱が広がっていた。
肩に手を置くとこれもまた熱くて、かなり悪化してるんだと認識させられる。
いまさらだがトキヤをよくみると、息も荒く顔も火照っていた。

「ど、どうりで顔が熱いわけですね…」
「いや、顔どころか全身熱いよ!」
「音也…あなたちょっと、黙りなさい……」

頭に響きます、と嫌々そうに言いつつ、俺に体を預けるのはやめない。
というより、支えがない程体がだるいってことなんだろうけど。

「ああっごめん!と、とりあえず肩貸すからほら、」

そう言って、なんとかベッドの方まで運ぶ。
とりあえず着替えた方がいいよ、と脱衣場にあったトキヤのパジャマを手渡した。
うなずいたものの、参ってきたのかボーッと一点の場所に視線を送っている。
着替え手伝おうか、と言うとはっと我に返ったようで、結構です!ときっぱり断られてしまった。
まあ、それくらいできる体力と断る頭くらいはまわっているということだと納得した。




「どう?さっきよりはよくなった?」
「ええ、まあ…」



そうは言っても着替えて布団に入っただけでは、あまり状況は変わらないと思う。
相変わらず顔は赤いし、息が苦しそうだ。
…でも。
そんなトキヤをみて、一瞬でもやましいことを思った自分を許せない…。
今、確実にいけないこと考えた。
トキヤは今風邪でこんなにつらそうにしてるというのに!俺ってやつは!
そう自分に言い聞かせて、自分の頬をバチッと叩く。

「…何してるんです?」
「あ、いや、なんでも!」

手をぶんぶんと振って否定するとどうでもいいのか頭が回らないのか、そうですか、と目蓋を閉じる。
クッソ。
それでも俺は、やはり健全な男子高生なのだ。


「…トキヤ、ちょっとだけ体起こせる…?」
「え?はあ、まあ少しでしたら…」


なんですか、と言おうとしたのだろう。
なん、まで言ったところで、起き上がりかけていたトキヤを前から抱き締めた。
俺は抱き締めるのが精一杯で何も言わなかった。
トキヤも黙っていた。というか、今この状況に頭がついていってないのかもしれない。
トキヤ、熱いなあ。
いや、それはかなりの熱があるから当たり前なのだけど。

「音也…どういうつもりですか…」
「え、いや、あの…。風邪とか引くとさ、人肌恋しくなったり寂しくなったりしない…?」
「なんですかそれ…、そんなの、貴方だけですよ」

そう言いつつも、トキヤは俺を突き放そうとはしなかった。
いや、もしかしたら、突き放す気力がないだけなのかもしれないけれど。


ねえトキヤ、と呼ぶと、なんですか、と落ち着いた声と共に吐息が耳元にかかる。
少しくすぐったい。


「マサとか那月とか…Sクラスのみんなにもこういうことされたら、今みたいに、大人しくしてる?」

自分なりに、かなり思い切った質問をしたと思う。
トキヤが俺のことを、他のみんなと同じようにみていたら。
もしそうなら、俺じゃなくても、マサや那月はあまり予想できないものの、同じSクラスのレンと翔なら、こういうことをしない可能性がないとは言いきれない。
それを考えると、胸が締め付けられるような気がした。
クラスは違うけど俺はトキヤのルームメイトで、学校以外のトキヤは全部見てるつもりだ。
しかし逆に言うと、学校でのトキヤは知らない。
昼休みなんかは会えるけど、授業中にどんな時間を過ごしているのかは分からないのだ。


はあ、とため息をついたと思ったら、何言ってるんですか、と呆れたように言った。
そして、俺の背中にするっと腕をまわす。
背中にもトキヤの熱を感じて、ああ、あったかいな、と思う。


「あの方たちに、こんなみっともない姿なんて晒せませんよ…」

プライドというものがあるのです、と強調するように言った。
それに、と言いながら俺の肩を掴み体を離すと、ふいに音也!と少し張り上げるように呼ばれ、は、はい!と反射的に返事をしてしまった。


「貴方は、私のルームメイトでしょう。……少なくとも他の方達よりは、弱味をみせているつもりです、」

喋りすぎてのどに負担がきたのか、数回の咳を吐き出した。
そんなトキヤに大丈夫?とも、嬉しい、とも声をかける余裕がなかった。



「トキヤ、」
「…はい?」
「好きだよ」
「………私の熱を悪化させたいんですか」
「えへへ…」


真っ直ぐに見つめると少し照れたように視線をずらしたけど、少ししてからトキヤも俺を見る。
トキヤ、と名前を呼ぶと、答えるように音也、と俺を呼んだ。
微笑んでから、少し開いていた唇にキスをする。
そこはいつも以上に熱を帯びていて、触れているところからトキヤを感じた。
今こうしていられることが嬉しい。
トキヤが俺を特別に思っていてくれて嬉しい。



「…これで風邪移ったらトキヤのせいだね」
「は?なんでですか理不尽な」
「こうさせたのはトキヤだもん」

ずるい人ですね、と言って少し笑ったあと、小さくくしゃみをした。

ああ、愛しいなあ。
こんなトキヤをみれるのは俺だけであって、つまりそれは俺とトキヤだけの秘密であって。
授業中のトキヤを知らないのは悔しいけど、こんな姿を独り占めできるのならそれくらい構わないや。
そう思い、つくづく自分は単純だなあ、と苦笑いをした。
ふとトキヤと視線が合い、少し見つめ合ったあとにもう一度だけ、軽く触れるキスをした。









君の熱も全部俺にちょうだい
(すべてを、俺だけのものにしたいんだ)

2011.10.13
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -