今日のレディは、いつもと同じように、自分のことをよくアピールする子だった。
腕を組んだとき、大抵のレディ達は自分の自慢であり武器であるふくよかな胸を妙に当てがる。
俺は決してそれに動揺することなく、滑らかにその位置から腕を遠ざけるのだ。



「こんな時間まで何をしていた」


部屋に入ると早々同室の聖川真斗が説教口調で話す。
時刻はちょうど11時。
いつもならこの時間にはとっくに布団に入って寝息を立てているはずなのだが。
そう思ったからまたこの時間に帰ってきたというのに、今日はいつもの机の上で半紙を広げていた。
くそっ。なんで起きてるんだよ。


「お前には、関係のないことだ」

俺はこの台詞が嫌いでたまらない。言いたくない言葉でたまらない。
しかし聖川にあの言葉を掛けられたら、こう答えるしかないのだ。
自分の口から発する言葉に嫌気が差す。


「何、心配してたの?」
「…そんなことするわけなかろう。お前にとっては迷惑なだけだろうしな、」

そう言うと、少し表情が歪んだ。
いつもそういいつつ、コイツはライバルである俺のことを心配しているのは分かっている。
いや、本当は、それ以外の感情があることも知っている。
しかし、それは口には決して出してはいけない。
それは俺達の暗黙の了解であり、ルールなのだ。
だから。

「じゃあ、」

嫉妬してた?



聖川は目を見開いて、筆を持つ腕を止めた。
まさか、動揺してるわけじゃないだろうな?
いつもの会話なら、俺が心配してもお前にとっては迷惑なだけだろう、と聖川が言い、俺はそれ以上何も言わず会話終了。
そのはずなのに。
俺が口に出すことは、ずっと守ってきたルールに反することなのだ。
しかし、一度言ってしまったら、もう止まらない。



「ねえ、聖川」


詰め寄ろうと一歩踏み出すと、聖川は怯えるかのようにスッと立ち上がり、脱衣所の方に向かおうとした。

「なあ、質問の答えは?」

聞いてないんだけど?と迫るように近づくと、俺の足の動きと同じように一歩一歩後退る。
聖川は自分の背中が壁に当たったことに気付くと、しまった、という顔をして、恐る恐る俺の顔を見た。
かと思うと、またすぐに下を向き、もごもごと口を動かす。


「…こっちを見るな」
「聖川」
「見るなと言っている」


沈黙が流れた。



「俺がレディ達と遊んでるって知ってて、嫉妬してた?」

壁に手を付いて訊いた。
それでも、聖川は口を開こうとはしない。

「…無言っていうことは、肯定として受け取っていいんだよな?」



肩を掴み自分の方に向かせると、その肩は震えていた。
怯えてる?緊張してる?
視線が合った途端に、無理矢理唇を重ねた。
時々漏れる聖川の吐息に、している俺自身が理性で壊れそうだった。

次第に聖川が、腕を伸ばして俺の背中をぎゅっと掴んだ。
それはまるで、今俺がしている行為を受け入れるような、そんな意味を成している気がして。

「神、宮寺…俺は…、」

言うな。
何も言うな。
その言葉を口に出したら、俺達はもう元に戻れなくなる。
お前もそんなこと、分かっていたはずだ。
だから今まで何も言えなかった、言わなかった。
そうじゃないのか?
でも、言い出したのは俺自身だ。
俺が壊してしまった。




「なぜ、こんなことをした」

長く触れていた唇を離し、目を背けたくて後ろを向く。
今面と向かって奴をみると、これ以上止まらなくなってしまいそうで。
今までの関係が、本当に、すべて崩れ去ってしまいそうで。



「ただの、気まぐれだよ」


恐ろしく、生気のない微笑だった。
自分の表情が見えなくても、それくらいは自覚できた。

「気まぐれ、か」
「ああ。当たり前だろ?」

そうだな、と言って、俺の横を通った。
その一瞬、聖川の表情が見えた。

ああ、そんな顔をするな。
心を深く傷付けられたような、悲しそうな顔を、俺の前でするな。
震えて俺に向けている背中に伸ばしかけた腕を止める。

俺達は怖いのだ。
お互いが自覚している時点で、もう手遅れだというのに。
それでも、怖くてたまらない。
今の自分を失うのが、相手を今までと同じように見れなくなる自分が。
臆病者だ。
結局俺達は似た者同士で、それを変えることはできないまま、ただ溺れていくだけなのだろう。








深海に沈む言葉
(その一言を言えたら、どれだけ俺たちは幸せなのだろう)



2011.10.07
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