ああ、俺はたぶんみょうじさんが好きだ。働く彼女を見ながら漠然とそんなことを思った。

倒れてどれくらい経った頃だったか。正確な病名も分からず、外出なんて以っての外だった。
けれど、ほんの数ヶ月前までテニスコートを走り回っていた俺にはやっぱり動けないことは苦痛でしかなくて。
だから調子が良かったその日、誰にも言わずに病院を抜け出した。躊躇いなんて無い。

久しぶりに歩いた街並みは俺が倒れる前と少しも変わっていなかった。仲間達も変わらずにボールを追いかけている。

変わっていくのは俺だけなんだと思ったら、心は不安や焦り、真っ黒な気持ちに支配された。
病院に戻る途中一本の大きな桜を見つけた。桜が散って行くのを見ながら、今にも心から溢れそうなものを押し込める。

「……なんで俺だったのかな……」

考えれば考える程に堪え切れなくなる。なんで。どうして。あの日から何度も考えた。どれだけ苦しくても、これが現実だと突き付けられる。

それでも、俺にはやらなくちゃいけないことがある。俺がどんなに変わっても、それは絶対に変わらない。

「っ、あの!」

そのときだった。彼女に出逢ったのは。その声は俺の中に鮮やかに残っている。動揺してしまって上手く言葉が紡げなかった。

「……君も見に来たの?」

そんな言葉しか出なかった。
結局、そのあとはお互いに声を発することは無く、沈黙が続いた。気まずい訳でなく、どこか温かみがある空気だったと思う。

沈黙を破ったのは俺の携帯で。断りを入れてから携帯を開くと、案の定真田からだった。

「幸村!馬鹿者!一体どこにいる、体は大丈夫なのか?」
「ごめんね。大丈夫だよ、すぐ戻るから」

電話の向こうからは仲間達の声も聞こえた。俺はまだ終われない。ここから這い上がらなくてどうする。

携帯をしまいながら彼女を見ると泣きそうな顔をしていた。

「また会えるよ」

思わず飛び出した言葉。俺はもう一度会いたい。そんな願いを込めて。彼女は少し笑ってくれた。
大丈夫、俺はまだ頑張れる。

思い返しました

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