銀土
「出逢わなければよかった」
何度そう思ったことか。月が厭に綺麗な夜だとか、広い部屋の真ん中にあるベッドに2人で寝てる時だとか、朝起きた時だとか。ふと気づくとごく当たり前のようにその言葉が浮かんでいた。
何度も何度もこみあげてきたその言葉を口に出したのは、今日が初めてだった。
もちろん相手の彼は目を見開いて俺を見る。それから少し眉をよせて、煙草を灰皿へと押し潰す。
「どうしてそう思うんだ」
彼は灰皿から目をあげなかった。どうしてそう思う、か。どうして。理由を考えてみても、どうして出逢わなければよかった、と思うようになったのか自分でもわからなかった。
なんで俺は彼に出逢わなければよかった、と思うのだろう。彼は確かに俺を愛し、(ただちょっとわかりづらい)俺も彼を確かに愛している。出逢っていなければ俺はこの先の人生、損をしていたと思うくらいなのに、どうして俺は彼と出逢わなければよかった、などと。
「わかんねえ」
ぐしゃぐしゃした心を誤魔化すように俺は、ぐしゃぐしゃの髪をかきむしる。そしてそのままその手はひんやりとしたシーツへと沈む。開けられた窓から入り込む風が裸体を包む。気持ちがよい。
「辛いのか」
「なにが」
「俺と出逢ったことが」
「そんなわけ」
「じゃあなんで、」
「わかんねえ」
わかんねえんだ。どうして俺は彼と、土方と出逢わなければよかったと思うか、なんて。出逢わなければ俺は愛というものを知らずに生きていただろうし、きっとあの人だけを胸に生きていただろう。ただ、そんなのはなんて悲しいんだろうと思う。
だから俺は少なくとも土方と出逢えたことに感謝している。こんなにも愛しくて、手離したくなくて、ずっと傍にいたくて、生涯彼に尽くしていきたいと思える心を持てたのだから。その心が生きる気力になるのだから。
「俺も」
ふと、彼が沈黙の後ぽつりと呟いた。彼を見る。彼は綺麗な横顔のまま、そよ風の吹く方を見つめていた。
「おまえと出逢わなければよかったと思うことがある」
?彼も、?
「俺はその理由をわかってる」
え?
ぽかんとした顔で彼を見つめていると、彼はちらりと俺を流し見て、ふ、と笑った。
「幸せってことだろ」
幸せ?
「幸せすぎて、不安になっちまうことなんて誰にでもあらあ」
そう言って笑う彼がとても綺麗で、思わず涙が出てしまった。
幸せ。そうか。
今、この瞬間が幸せすぎて怖いんだ。もしも俺たちが出逢ってなかったら、この幸せが続かなかったら、という瞬間を嫌でも考えてしまうから。もし俺たちが出逢うことがなければ、この幸せな瞬間を失う辛さを味わわなくてすむからと
そう、思っていたんだ
だから俺は彼と、出逢わなければよかったと、
「…」
「…」
「土方」
「…」
「ずっと幸せでいよう」
「…、ああ」
「約束な」
「破ったらぶったぎる」
「上等、」
はは、とお互いに笑って、愛しい体とこの瞬間を抱きしめた
幸せの証は確かに此処にある。
しあわせラプソディー
110220
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