土銀




唇を強く噛んだ。痛かった。
血がつう、と垂れる感じが懐かしかった。

気づいた時には痛かった。
唇も、手も、心も。涙なんかも流れてた気がする。息も荒かったような。目の前には、愛しい姿がいたような。それをただただずうっと、血がつう、と流れる唇を噛み締めて見てたような。うっすら開く唇で、その名前を呼んだような。


おまえはだれで、おれはなんだっけ。


おまえは答えなかった。いくら名前を呼んでも、一度も答えなかった。おい、なあ、おまえ。答えの代わりに、ぼんやりとおまえが一番最後に答えた言葉が浮かんできた。わずかに動く唇で、確かになにか言っていた、ような。


「思い出せなくていいから、ただ、おまえはおまえを忘れるな」


ふるえるみぎて。わらうおまえ。つかむひだりて。ふりおろすみぎて。わらうおまえ。
笑う、


「…ひじかた」



思い出さない方がよかった。
おれはおまえを、二度殺していた。間違いない。きっと、このまま先、何度生まれ変わっても、何十年何百年世界が回っても、
おれの記憶は必ずおまえを








「思い出せなくていいから、ただ、おまえはおまえを忘れるな。俺は何度でもおまえの元でおまえの記憶に殺される、だから」



最後のおまえはいつも笑っていた。







静かに潜む
(彼を支配したのは彼の方)
120729




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