土銀 遊郭





「名前がない?」


俺の言葉に、男は頷いた
ひどく白い指先を俺の胸へとすべらせ、儚げに揺れるまつげは雪を纏わせたように白く
俺の言葉に男は、綺麗に微笑んだ

「名前なら」

そう言うと男はきょとん、と俺を見た
おもむろに筆と紙を持つ俺の側にぴったりとくっついたまま
シュッシュとすべらせる黒い筆先をじっと見つめていた
俺はそんな、綺麗な男を横目で見る
先程俺の胸に触れた指先のように、やはり顔も真っ白で
うっすら桃色を浮かばせた唇がひどく淫靡で
気づけば俺は筆を手放していた

肩に置かれた両手に、綺麗な指先が重なる
男は、どこまでも、美しかった
出会ったころから、ずっと
ずっと、ずっとまっさらで
美しかった





「…」
「…不満か?」

衣服を整えた男に、書き終えた男の名前を見せた
だけど男は口をパクパクさせるだけで、何も言わなかった
気にくわなかったか、と男の手からそっと紙を取り、書き直そうとしたとき、

「だめ」

男は俺の手を強く握った
慌てる男の顔を見て驚いた
だって、何も言わずにいたから
この名前がお前に合わなかったかと思ったから、
しかし男は首を横に振った
そういうわけじゃない、と
男は悲しそうに揺れる瞳を俺に
そっと、男の頬に触れる
男はうっすら微笑みながら、手を重ねた

「読め、ない…」
「え、?」

なにを、そう思ったけど男の目線が俺の右手に持つ紙だったから
ああそうか、と納得した

「わりいな」

男の頬から手を離し
紙にさらさらとふりがなを


「ぎん、とき」

そう呟いた男の笑顔の美しさったら
紙を見つめたままの男をそっと抱きしめる
あたたかい
瞳を閉じて温もりを
すると男は体を離す
なんで、そう言おうとした唇に
唇が、

「ぎんとき、…坂田銀時」

男は震えた声で名を
震えた体でぎゅっと俺を
男の名前は男の心臓になった
心臓を与えた男は
ずっと、側に
血液となって

ずっと側に


「銀時、」
「ひじかた…」


ここから先ずっと、ずっと
百年先もきっと
この場所で、

「銀時」


男の名前を呼びつづける
ただひたすらに、呼びつづける



愛だった、それこそが
(せめて記憶の一部になりたい)
110810





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