パラレル銀土
パシン。勢いよく弾かれた頬に、鋭い痛みが走る。それと同時に、ガシャンとカッターが遠くへ転がり飛ぶ。ぐす、と誰かの泣き声もした。痛い。痛い。頬も腕も尻も、痛い。痛い。なんだ、なんなんだ、なにが、
ふらつく視界を上にあげれば、そこには幼なじみの姿。右手が赤い。目尻も赤い。頬に何かが、伝ってる。あれ、どうしてここに
「生きてんだよ、おまえは…」
ぽた。ポタ。次々にあふれでる涙は重力に従って地面へと落ちる。それを拭いもしない彼は、本当に苦しそうな悲しそうな痛いような、そんな感情がない交ぜになった表情で俺を見つめていた。なんで。なんでおまえが、関係ないおまえが今ここにいて、そんな顔してんだよ。なんでおまえが、さもおまえ自身が悩んでるような、苦しんでるような、顔してんだよ。わかんねえだろおまえみたいなやつに俺の、俺みたいなのの苦しみなんか。わかんねえのになんで、おまえに、おまえに。オマエニ、
「おまえがいるから生きてられる。だからおまえも、俺と同じ考えをもってくれよ」
理解できなかった。おまえなに言ってる、?おまえは顔もいいし頭もいいし人当たりだっていい、そんなおまえの生き甲斐が俺だって?俺みたいな、クズだって?同情はやめろよ。いらねんだよ、おまえからのそんな、そんな慰めなんか貰っても虚しいだけ。虚しくなるだけなんだよ。ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、
「ただ、隣にいるだけでいい…」
がくん、と燃料を失った機械のように幼なじみは膝からくずおれた。長い前髪が彼の切れ長の瞳を隠す。ぽた、ぽた、先程から絶え間なくこぼれおちていた雫の音がして、この男は本気で、本気で俺を生き甲斐として生きてることを知った。わからない。わからない、なんで俺なんだろう。彼はなんで俺なんだろう。なんで俺でなきゃならないんだろう。彼程の人間なら、もっともっと他の、たくさんの優れものが生き甲斐になったはずなのに。なんで。
「…土、方」
ばかやろう、おまえまで堕落しなくていい。俺だけでいい、いいのになんたっておまえは、俺を。ぎゅうっと締め付けられるような心臓の痛みに顔を歪ませながら幼なじみの名を呼ぶと、ぴくり、と彼のだらりと垂れ下がった腕が動いた。そしてあげられた、彼の顔。涙やら鼻水やらでぐっしゃぐしゃなきったねえツラ。いつもの彼とはまったく違って、俺は思わず笑ってしまった。
「…笑ってくれた」
切れ長の瞳が半円を描いた。おまえも笑ってんじゃねえか、と言えば彼は、嬉しいんだ、と言葉を続けた。嬉しい?俺は尋ねるように呟いた、嬉しいってなんで、俺の中のどっかでたしかになにかがわきあがるような気がして聞かずにはいられなくて、
「おまえの笑顔が俺の生き甲斐」
やっぱりたしかななにかが俺の中のどっかで芽生えて、彼の優しい笑顔につられてまた、頬を緩ませた。俺がいるから彼は生きてる。彼がいるから俺は生きてる。これからの自分自身の存在意義を尋ねられたら、そう答えようか。そう言って目の前の幼なじみに笑いかければ彼は、史上最高の存在理由だ、と俺以上に笑った
○+○=◎ ほらね二人でひとつ
(二人で生きていこう)
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