銀土





男は泣いていた。
くしゃくしゃになった顔で、何度も何度も嗚咽を繰り返して。
赤い涙を、流していた









「夢ぇ?」

えらくすっとんきょうな声を上げてそう言うと、男はこくりと頷いた

「夢なんだろ?ただの」
「…」
「だったら泣くこたあねえだろ?」
「…、そうだが」

ぐす、と男は鼻を啜った。
シーツに染みた涙を隠すように男はその上に腰をおろした。目元は赤く染まり、体は小さく震えている
くす、と俺は笑った。
可愛い。本当に。
こうして俺の前で涙を流す彼、土方は今朝、夢の中で俺が死んだ、と震えた声で伝えてきた。昨夜の情事が色濃く残る体で、彼は俺が死んだんだと、何度も何度も告げてきた
ふ、と笑いながら彼の頭を撫でる。透き通るようなこの黒髪も、撫でてやればとても気持ちがよく、彼もそうなのか、ようやく嗚咽がおさまってきたようだった

「ったくたかが夢で泣くんじゃねえよ」
「、だって」

俺は。
勢いよく顔をあげた土方が必死な顔でそう言った。

「俺の見た夢は、全部正夢になるんだ」

ぽろり。
言い切ると同時に土方は、一筋の涙を頬に描いた
その涙をふき取りながら俺は、だからなんだよ、と笑って土方を抱き締めた。

「そんなん知ってる」
「、なら、」
「でも俺は死なない」
「…え、…」
「俺が死んだらどっかの誰かさんが泣き止まなくなっちまうだろ?」
「な、」

かあ、と土方の耳が赤く染まる。やっぱり可愛いなあと思いながら、更に強く土方を抱き締める
骨が軋むくらい強く、
ぎゅうう、と。

「、銀…」
「さ、泣くのはやめよ土方」

ぽんぽん、とあやすように背中を叩くと、子供扱いすんじゃねえ、と土方が俺の頭を叩く。あはは、と笑いながら俺は、ああいつもの土方に戻ったなあと安心していた
俺は死なないよ。
そう言った俺の言葉を信じて土方は、仕事へと戻っていった












「…嘘だろ、」

うそ、ウソ、嘘。
土方はずっと、ただそれだけを呟いていた。
嘘だろう。銀時。
がくり、と膝がくずおれた。それと同時に、ぴちゃん、となにか液体が跳ねる。
それは酷く赤かった

「銀時、なあ、」
「…」
「、なあ…」

震える手で、真っ白い頬に触れる。ヒヤリ。冷たかった。
薄く開いた唇には、先程ぴちゃん、とはねた液体と同じ色が垂れていた
なあ。なあ、なあ、
銀時

「死ぬなよ…」

死なないよ。
そう笑った彼の言葉が嫌味のように頭の中で反響する。
やはり俺が見る夢は、正夢になるしかなかった。彼は俺の夢の中で、こうして血まみれで亡くなっていたのだ。俺の夢は、いつもいつも忠実に再現されるのだ、今もこうして、


「…土方」


ぽつりと小さく届いた声に、顔をあげた
目線の先に映る彼は、確かに血まみれで、だけど、彼の薄く開いた唇は

「土方」


俺の名を、呼んでいた

「、銀時!」


急いで彼の元へと駆け寄った。彼は目をうっすらと開け、視線をさ迷わせていた。俺はここだ、銀時、そう想いをこめて彼の瞳を見つめる。そしてようやく、彼の瞳は俺を映した
それだけで涙が、こぼれてしまった

「泣かないで」

土方。俺、生きてるでしょ?
彼は笑った。正夢になんかならないだろう、と。
ばかやろ。ばか、ばかやろう。声にならない声で何度も呟いた。ばかやろう。
すると彼は、ごめんね、と震える赤い手で俺の頬に触れた。つつ、と指先の赤が頬に伸びる。涙のあとが、そこに吸い込まれていった

「俺は死なないよ」


そういってまた笑う彼の、細くなった瞳から一筋の涙が零れた





彼のおかげで今日も眠れる
110222

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