土銀
坂田が非常に弱々しい



「もう逢わないようにしよう」

いつもと同じような軽い口調で言われた言葉に、俺は目をぱちくりとさせた
今日は非番だというから久しぶりに逢いたい、と言ったらいいよ、と優しい声色でそう言ったおまえは電話を切った後すぐに俺の家へきた。玄関で出迎えたときお前の目に隈ができていたことを俺は知ってる
きっといたずらっ子の始末書におわれていたのだろう、そんなお前は俺が「逢いたい」と言えばどんな激務だろうと真っ先に俺に逢いにきてくれていた
そんなお前がなぜ、

「…意味わかんねぇ」
「わからなくていい」

寂しそうに笑いながら煙草に火をつけるお前に俺は、なんで、ときいた
彼のくわえた煙草が微かに揺れた気がした

「俺達はもう逢わないほうがいい」
「…は、?」
「だから銀時」

幸せになれよ。
優しい優しい声と笑顔で言われ、くしゃりと頭を撫でられた。
なんで。なあ。なんでだよ土方、
一方的に決めんなよ
そう言葉にしたつもりだったけど離れてく土方の背中をみつめて、言葉にできていなかったのだと気づいた。カララ。引き戸が開く音がする。心臓がどくりと鳴り、俺はいつのまにか背中を追うように走った

「土方!」

もうすでに閉められていた引き戸をガラリと勢いよく開け外に飛びだし、小さくなる背中にむかって叫んだ
いつも歩くの早いと思ってたけど、今日は一段と早いなお前
だってもうお前はあんなに小さい

「……なんで、…」

高いとこにある玄関からはまだお前が見える
きっと屯所につくまでお前の小さな小さな姿は見えるのだろうよ
手すりにつかまりながら彼の姿をみつめて、俺はもう何度めかの涙を流した





「銀ちゃん、仕事は?」

あれから何日か経ったある日、俺が布団で寝ていると神楽の声がきこえた

「んー、今日はないよ」

適当に返事をして声がした方とは反対向きに寝返りした。するとすぱーんと勢いよく襖が開く音がした

「な」
「いい加減にしてヨ!今日はって、昨日も一昨日も仕事してなかったヨ銀ちゃん!」
「…」
「依頼だってきてるんでしょ?なんで受けないアルか!」

なんで って、そりゃ
あれしかないだろ

「銀ちゃん、変わったヨ…前の銀ちゃんに戻ってよ」

最後の方は聞き取れなかった
もしかしてお前泣いてんのか、とまた寝返りをしたが
それと同じに神楽もくるりと俺に背を向けた
だけどわかる
お前の肩、揺れてるから

「神楽」
「今の銀ちゃん嫌い」
「…」
「今の万事屋だって嫌い」
「…」
「…しばらく休むアル」
「かぐ、」

さよなら銀ちゃん。
そう言って神楽は一度も振り返らずにあの日と同じようにカララとなる引き戸から出ていった
ふと、神楽がいた場所をみた。そこには黒い染みが何個も何個もあった。
神楽、お前
俺に声をかけたときから泣いていたのか
我慢とか絶対しらないだろうと思ってたお前が、俺の、俺なんかのために最後まで我慢しようとしてくれたのか

「なにやってんだ、俺…」

そっと床にできた染みを撫でながら、そのうえにまた新しい染みをつくった
なにしてるんだろう、おれ
あんな小さな体をここまで悩ませていたなんて
ほんとなにやってんだおれ、ばかだろ

そしてまた布団にもぐる俺はほんとう救いようのないばか
結局は自分自身のために泣く俺はいっぺんくたばったほうがいいんだ
なあ
神楽、

土方

俺をまた愛してくれたらきっと、
あいつもそして俺も傷つかずにすむんだよ

土方

俺を愛して




万事屋銀ちゃんって看板が廃れ始めた。前は綺麗にかかっていたそれも今じゃななめにずりさがってる
そして看板の持ち主おれは未だに布団からぬけだせずにいる、世界を布団の中で止め続けている、ばか
あれから神楽は一度もここにはきていない。あの時のさよなら、がいやに耳に残って仕方ない
一生のさよならなのかな。
もう。
あいつと同じように俺を捨てるのかな。
捨てられるのかな、俺、
じわりと頬が濡れた
それを拭いもせずにおれはただただシーツに染みをつくった

神楽にも土方にもお別れを告げられた俺は、もう生きている意味なんかないんじゃないかと暗くなってきた万事屋のリビングを見つめながら思った
あのリビング、昔はにぎやかだったのになあ
朝はぬくぬく昼はわくわく夜はどきどき。ほんといろんなおもいでがこもった、俺の大好きな場所
オレンジ色に映されたその場所は、いつもの夕方よりセピア色にみえた
つらい
つらい
くるしいや。
声をあげて泣いても、
ただただむなしさが跳ね返ってくるだけ
神楽。土方。なあ。お願いだよ。お願い、
俺のところに帰ってきてよ

神楽。
またいろんな馬鹿話しよーや。お前の好きな酢こんぶだってたっくさん買ってやるから。お前が寝つけない日だって、一緒に寝てやるから。だから、

土方。
いつもいつもお前にばっか来させてごめん。今度は俺から行く。行くから。今まで言えなかった分、愛してるって伝えっから。でもな、土方。おれ、言葉にはださなかったけど、ほんきでお前を愛してた。好き、とか大好きだとかそんな簡単なもんじゃなくて、もっともっと重くて、苦くて、だけど時々甘いような、しびれるような、どろどろしたような、そんな複雑で気持ちの悪い、だけどどこか心地いいようなそんな想いだったんだ
簡単じゃない想いだからこそ、俺達はうまくやってこれたじゃないか
お互いがお互いを、ほんきで、
なあ土方、だから、

俺の傍から離れないで


シーツがびしょびしょになった。だけどまだまだ止まりそうにない涙をシーツにどんどん染み込ませた。
いやそろそろびしょびしょすぎて気持ち悪い。また涙を綺麗に吸収してくれるよう、新しいシーツを風呂場に取りに行こうとした、その時だった

プルルルル、
久しぶりに家の電話が鳴った

こんな廃れたとこみても依頼するやつってまだいたんだなあと思いながら受話器を手に取った

「はい、万事屋銀さんです」
『…』
「もしもーし?」
『…』
「いたずらですかー?」
『…」
「切りますねー」
『……俺、』

一向に喋ろうとしない依頼者に段々いらいらして切ろうとした
だけど受話器を置く直前にきこえた声に、急いでまた左耳に受話器をおしつけた
勢いつけすぎてぶつけた、いたい

「ひじかた…?」
『…おう』

俺、とだけ言ったその声だけで俺はお前だってわかってたよ
愛しくて愛しくてやまない男の声だと

「なんで、」
『…いや、最近どうしてんのかなと思って』
「…」

最近どうしてんのか、だと。一方的に別れを告げたお前がそう言ってんのか、と思ったけど口にすることはできなかった
だってまだ、繋がっていたいから

『元気か?』
「ああ、」
『そうかよかった』
「…」
『…』

あ、どうしよう
会話が終わっちゃった
はやく続けなきゃ、と口を開いた瞬間、

『…銀時、まだ俺のこと好きか?』
「え」

土方からの思いがけない言葉に受話器を落としそうになって、あわてて両手でぎゅっとにぎりしめる
なんだか受話器が手の中ですべる感覚がした

「なんで…?」
『いや、…なんとなく』

なんとなく、?
なんとなくで俺にまだ好きかってきいてきたの?
あんな勝手に俺を捨ててったお前が?また勝手に俺を期待させて捨てるのかよ
俺の気持ちばかにしてんじゃねーよ

「ふざけんな」
『銀時?』
「なんなんだよお前…どんだけ俺をばかにしたら気がすむんだよ」
『…ぎん、』
「俺の気持ちはどーでもいいのかよ?」
『…』
「なんとなくで、すませようとすんのかよ」

いらいらする。とまらない。
土方は俺をどうしたいのだろう

『…銀時、』
「土方はさ、勝手だよ。勝手。俺を突然捨てたかと思えば、なに?今度はまだ好きか?って?」
『…』
「好きだったらどうなんだよ。好きだったらお前は戻ってきてくれんの?そんな気もないくせに、期待させて突き落として。もう、疲れたんだよ。土方、俺はさあ。」
『…』
「どれだけお前を待ってたと思ってんだよ。それをさあ、なんも気にしないでずかずか聞いてきやがって。ふざけんなよお前」
『……銀時』

ごめん、と小さく呟く声がして、更にいらいらした。
ごめん、ってさ
そんな言葉ひとつで今までの俺の想いはなしになるの?許せっていうの?
ふざけんな
ふざけんな、

苦しいんだよ
土方

『…俺は』

暫くの沈黙の後、土方が口を開いた。俺は流れてしまった涙を手で拭いながら、なんだよ、と言った。

『お前に好かれてる自信がなかった』

ぴたり、と
涙をぬぐう手が止まった
だけどそんなこと知らない土方は、話を続けた

『銀時の気持ちがわからなくて、俺ばっかり好きなんだと思ってた』
「な…」
『…好きで好きで仕方なかった。…でもそれ以上に苦しくて苦しくて仕方なかったんだ』
「…そんな、」

そんなこと。
どうして土方は、別れる時にそれを言ってくれなかったのだろう。
もし、もしも、別れ際に言ってくれたなら。

俺はきっと土方を
ずっとずっと愛していたと、そう伝えるのに

『…でも、』

涙がとまらなくて、鼻水まででてきて。たまらなくなって鼻水をすすったら、その音がきこえたのか土方が、息を呑んで言葉を紡いだ

『お前が俺を愛してくれてたんだって。…やっと、わかったんだよ』
「…え」

なん、で

『お前んトコのガキが、よ。泣きながらお前の様子を教えてくれたんだ。銀ちゃんを、助けてって。泣きながら』

かぐら、が?

「…、」

とまらない。
もう。
あいつがそんなに思いつめてて、俺の知らないとこでそんなことになってたなんて。
神楽。
ごめんな、

『…銀時』

そして

『…勝手で本当に悪いと思ってる。でももし許してくれるなら、』
「土方」
『………だめ、か?』
「………好きだよ」

『え、』

ありがとう


「おまえに逢いたい」

そう言うと土方は、う、と電話越しに唸った。その声色からしてどうも嬉しそうな。それに俺は思わず笑ってしまった

『……あのな』
「ん?」
『…もう一人、会いたい奴がいるだろ?』
「…ああ」

くすり。
土方が微笑んでる気がする。
いや泣いてるかな。
もうどんな土方でもいい、俺は今すぐおまえと、神楽に逢いたい


「銀ちゃーん!!」

受話器を置いてはっとすると下から声がした。
緩む頬をおさえて玄関へと、走る。あの時と同じように、走って玄関へと。
でも、もうあの時とは違う。違う気持ちでこの引き戸を開ける

ガララ、戸を開けて下を覗けば、そこに。

「早くこいよ、銀時」
「体が鈍ったアル、ごろごろごろごろしてたから」
「うるせーよ」

はは、と笑う。
カンカンカンと、勢いつけて階段を駆け降りる。

やっと世界は廻りはじめる。



廻る
110220




------

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -