DV銀土




「うっ…」

低く鈍い音が部屋に響き渡った。真っ暗な闇に包まれたその部屋にうつしだされる、さらに黒いふたつの影。綺麗に飛び散る、紅色の鮮血。
もうすでに動く力などなかった

「気絶すんなよ?」
「ぅ…」

くすくすと上から聞こえる笑い声はきっと俺にしかきこえていない。同時につぶされる俺の右腕もきっとこいつにしか見えていない
まだ残っている力で彼の足を掴むと彼は勢いよく舌打ちをした。そしてさらに右腕をつぶされる

「ぐぁあ…!」
「汚ねえ手で俺の足に触るなよ…てめえ」
「ぁ…さか、た…足っ」
「俺に指図すんの?」

ひじかたくん、と言われた時にはもう右腕は動かなかった。苦しい痛いなんて思う暇もなかった。傷が増え続けるこの体も、いつになったら果ててくれるのだろうか。
果ててくれたなら、俺も坂田も、楽になれるのに。
そう思いながら俺は、目を閉じた





「土方」

さらりと撫でられた髪にくすぐったさを感じて目をあけた。そこには昨日までいた彼ではない彼が俺を見下ろしていた
彼の目はいつも死んだ魚のような目をしていた。生きた心地など彼は感じているのかわからないほどに

「土方」

黙って彼をみつめる俺の頬を彼のごつごつした手がひとなでした。その手が昨日の手だとは思えないほど、彼の手はいつもいつも温かいんだ

「ごめん土方、」

ぽたり。
頬に何かが落ちた
まだ慣れない目をこすり頬に手をあてるとそれは

「…泣くなよ」

頬をなでる彼の手をきゅっと握り言った。すると彼は眉に深い皺をよせて、もう片方の手でさらに俺の手をぎゅっと握った
それがなんだかとても暖かくて、こちらまで泣きそうになった。もう涙はとうの昔に枯れ果てたのだけれど

「俺が悪いんだ、坂田。お前はなんも悪くねぇんだ、だから泣くな」

彼の手を握ったまま体を起こし、彼の頭を撫でた
少し笑いながら「ひでー顔」と言えば彼はずび、と鼻を鳴らしてうるせえ、と言った。そして笑う彼があまりにも綺麗で、俺はなんだか切なくなった



彼と同居を始めたのは去年の夏だった。彼は俺と同じ高校に通い、俺と同じコースへと進んでいた
彼と初めて言葉を交わしたのは、高校入学してから1年経ったとき。それまでに彼の存在は知っていたのだが、彼は人を寄せ付けるなにか特別な魅力があり、彼の周りにはいつも人だかりができていた。俺はそれを同じクラスでありながら遠くからみつめていた。クラスのほとんどが坂田に惹かれる中、俺だけは一人桜舞い散る景色を眺めていたんだ
もちろんもう彼の魅力にはまっていたのだけれど
俺のつまらない意地が邪魔をする

「あ、俺と同じ筆箱だ」

きっかけはこんな簡単で単純なことだった。学期が変わってもう暑い暑い夏に突入する時期に、俺と坂田は隣同士になった 坂田はきっと普通にクラスメイトとして話しかけてきたのだろうけど、俺は好きな人が話しかけてきてくれた嬉しい気持ちでいっぱいだった

「ね、この筆箱どこで買ったの?」
「え、と…駅前のとこで」
「わ、ぐうぜーん!俺もそこで買ったんだよ」

にしし、と笑う坂田の笑顔に、ああこれか、と俺は思った。
彼の笑顔は眩しくて、八重歯がちらちらみえるそれはまさにいたずら好きの子供っぽい笑顔だった



それからはもう、俺達は親友と呼べるくらい仲が良くなった。もちろんそれは周りから見た俺達であって、当の本人の俺は、芽生えた恋心が確実に実り始めている、恋する乙女的な感じだった。


ある夏の日。
坂田から、「今日うちに泊まりにこない?」という話を持ちかけられた。もちろん断る理由なんてなく、すぐさまオッケーをだしていざ坂田の家へ足を運ぶ

「おー。いらっしゃい」
「あー疲れた」
「なに、走ってきたの?」
「ああ」
「ははっ、んな急がなくても大丈夫だっての」

そういやおまえ電話してから来るの早かったもんなー、と言いながら坂田は俺を部屋へと案内する。そしてなぜか坂田は俺のお泊まりセットの入ったバックを持ってくれて、こっち、と笑ってみせている
ありがとう、と言って俺は赤くなってしまう頬を隠すために下を俯いた

「はいここが俺の部屋」
「きったねえ部屋だな」
「んだとこら」

ガッ。坂田に殴られた。
いてえ、と叫びながら後頭部をさするが坂田は思いっきりスルーしていた。んだよちきしょう、と文句をたれながら部屋に足を踏み入れると、いきなり視界がぐらついた。
え。なにこれ。なんでいきなり天井が目に映るんだ
後頭部もいてえしなんか体はふかふかするし、それに坂田はどこ言った?

「おい、坂…」
「土方」

ギシ、と軋んだ音がする
なんだよ、と言おうとした唇を、なんだかやわらかいものが塞いだ

これ
って

「、さかっ…」
「土方」

軽く触れたやわらかいもの、それから目の前にドアップに映る坂田の、顔。
もしかしなくてもさっきのは、さかたの、
ドクン、と心臓が大きく鳴り響いた

「な、に」
「ごめんね土方。俺ずっと土方のことこーいう目で見てきた」
「え」
「初めて話した、あの時から。ずっとずっと、土方に触れたいキスしたいって、…おまえを抱き締めたいなあって思ってた」
「な…っ」
「好きだよ土方」

かあ、と顔が一気に赤くなるのが自分でもわかった。
まさか。え、
さかたが?
俺のこと、ずっと、ずっと
そんなふう、に?

心臓がはりさけそうだ。
坂田の綺麗な赤い瞳が、いつもより赤いことがわかってさらに心臓がはりさけそう

うそ、
そんな。

坂田も、俺の、こと?

「坂田…」
「…ごめん、気持ち悪いっしょ俺」
「ちが、」

覆い被さる坂田の肩に手をそっとのせて坂田をみつめると、坂田はなにを思ったのか悲しそうに瞳を揺らした
ちがう
坂田
俺は

「好き、だ」
「え?」
「俺、…坂田のこと好きだ」
「……………いや、…土方、俺が言ってる好きっていうのはね、」
「知ってる」
「え、…わっ」

ぐい、
坂田の体を思いっきり自分の方へとだきよせる
距離感0、密着する体に首筋に感じる坂田の熱い吐息。
どきどきとうるさい心臓が坂田の心臓と重なる

「ひ、じかた…?」

いきなり抱きしめられて、それからずっと密着された体に恥ずかしくなったのか、坂田は起き上がろうとする。
でも、俺は、離してなんかやらない。
この体温を今日、
手に入れるのだから

「俺だってずっと、…そういう目で見てきた」
「え…」
「…坂田に触りたい、キスしたい、それから」

抱きしめてほしい。

「…」
「……俺だっておまえと同じような、好き、だ」
「…土方」
「…坂田」

それからはもう言葉なんていらなかった。
ひどく優しくしてくれた坂田に涙がでそうになったのも、ひとつになれた嬉しさで涙がでそうになったのも、
今となってはほんとうに、本当にいい思い出だ

なあ
坂田、

愛してる



「え、一緒に住む?」
「ああ。晴れてカップルになったんだし同棲しねえ?」
「同棲…」
「うん。ど?土方」
「、する!」
「ははっ、じゃあ早速家探しいこーか」
「ああ、!」








「…またこんな時間?なにしてたの」
「なにって、…大学に行ってたに決まってんだ、ろ」

坂田が変貌したのは、高校を卒業してすぐのことだった
坂田はコンビニでバイトして、俺は大学で夢にむかって勉強して。
そんな些細な違いが、俺たちの溝を深くしてしまったらしい
家に着くと、もうすでに坂田は玄関に座りこんでいた。なにしてんだこんなとこで、さみいだろ、と体育ずわりのままの坂田に声をかけると、物凄い形相で俺を睨み付けてきた
ぞく、と背筋に悪寒が走る

「さか…」
「なんでこんな遅いわけ?もしかして浮気でもしてんの?」
「!何言ってんだおまえ、んなわけねえだ「ふざけんな!!」

バキッと玄関に凄まじい音が鳴り響く
衝撃にぶっ飛んだ俺は、玄関のドアへと体を激しく打ち付ける
左頬がじんじんする。
なんだ。
なんでだ。
なんで、こんな

がっ、と坂田に胸ぐらをつかまれて無理矢理立ち上げさせられる
未だにぐらつく視界に、泣きそうに怒る坂田の表情が映る

「なんで俺だけみてくんねえんだ!なんで、なんで、」
「さ、か」
「うああああああ!!!!」


坂田は嫉妬に狂う人間になった
少しでも俺が家を離れれば、浮気かと言って家に縄で縛り付けられる。
大学関係で遅くに帰宅すれば、ふざけんな、淫乱野郎、と蹴られ殴られる。
携帯に着信が入るものなら、またしても浮気だと決めつけて俺を存分に殴り、蹴り、首をしめる。
何度殺されそうになったかわからない。怖くて仕方なくて、何度坂田の隣を離れようと考えたことか、わからない
でも、
そんな風に思っていても、どうしても坂田の傍を離れることができなかった。
坂田と別れようと決意することが、できなかった

坂田が、涙を、流すのだ

殴り、蹴り、首をしめたり乱暴にセックスしたりした後、必ず坂田は泣く。
ごめん。土方。苦しいよな、辛いよな。ごめん、
俺のせいで。ごめん土方、と
坂田は壊れてしまいそうなほど弱々しく、そう言うのだ
そのたびに俺は、坂田を許してしまうんだ
いいんだ坂田、おまえがそうなっちまうのも俺のせいなんだから、と。

坂田だって苦しいんだ、と最近は思うようになった


そして今朝に至る。
今はもう隣ですやすやと寝息をたてる坂田の髪を、そっと撫でた
さっきの坂田の、
うるせえ、と言って泣き笑った笑顔。
俺はそれが大好きで、大好きで。
その笑顔が本当の坂田で、暴力をふるう坂田が偽りの坂田なんだと俺は思う
ずきり、と右腕が痛む。
さっき、坂田に踏まれた右腕。

坂田は俺を愛している。
愛ゆえに坂田はああなってしまったのだから。
髪を撫でていた手を、坂田の背中へとうつす。
坂田の背中はきずだらけ。
背中だけじゃない、顔も、胸も、足も、心も。
みんなみんな、俺を愛してしまったせいで出来た、傷痕だ。
顔についた傷はきっと、俺を傷つけてしまった後悔で家の柱にガンガンと顔をぶつけていたからだ。
それはわかる。
坂田は、そういうやつだ
優しい、やつなんだ。


ああ。
俺が、坂田を変えてしまった。
俺なんかと、出逢ってしまったから、
あの優しい坂田は、自分までも傷つけてしまう。
ごめん。
ごめんな、坂田
出逢っちまってごめん。
おれさえいなきゃ、お前は。
きっと普通に生きていけたんだよな。
ごめん
坂田
ごめん、

「銀時」

初めて呼んだ名前に、涙があふれた。
こんな形でおまえの名前を呼ぶことになるなんてな。
ごめん。
銀時、

おまえには幸せになってほしいよ











「…土方?」

そっと、目を開ける。
そよそよと吹く風がカーテンを揺らしている

「土方」

むくり、とベットから起き上がる。辺りを、見渡す
でも。
あいつの姿は、ない

「、」

瞬間いいようのない不安が腹ん中を渦巻いた。
いやだ。
土方。
浮気すんな。
俺をみて。
俺だけみて。
他のやつなんか見んな。
俺以上に好きな奴なんかつくるな。
いやだ。
いやだ、
土方、
大好きなんだ
好きだ、土方、
俺の傍からいなくならないで

「土方あ…!」

なにもなくなって空になった部屋で俺は声がつぶれるまで愛しい名前を叫びつづけた




依存、依存、依存、
110220
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