「抵抗しないの?」
いとも簡単に私をベッドに押し倒し、そう言葉を降らせた男。見下ろす赤い瞳が楽しそうに私の瞳を捕える。対する私の瞳には戸惑いの色も無く、唯々無感情を帯びさせて男の瞳を見返すだけ。
「抵抗してほしいの?」
「…分からないよ。」
臨也は押し倒された儘の私に覆い被さって、もう放したくないと言う様に強く抱き締める。頭に回された腕は微かに震えていて、得体の知れない何かに怯えている様だ。あの臨也が、傲慢で自己中心的で人を煽ってばかりなあの臨也が、だ。少なからず驚いている私は、そっと臨也の頭を撫でてみた。すると、びくりと肩が上がり、抱き締める強さが増した。臨也の腕に首が押し潰されて、少々呼吸が苦しい。
「いざや。」
「なに。」
「苦しい。」
「知らない。」
何なの。自己中心的な所は何時も通りだ。それなのに、今にも崩れて壊れてしまいそうな…これは、だれ?
考えてみたら私は臨也の事を殆んど知らない気がする。素敵で無敵な情報屋だなんて戯れ言を以前口にしていたけど、完璧な人が存在しないように、無敵な人なんてのもこの世には存在しない。それでも私は、何処かでこの人は無敵だと思っていた。弱さなど誰にも見せる事はない人だと思っていたんだ。
「臨也…私じゃあなたを守れないかな。」
「弱いくせに何言ってんの。」
「私は強くないけど、臨也の心ぐらい守りたいの。」
「…馬鹿じゃないの?」
本当、馬鹿。
頭の横に埋められた臨也の顔は見えないから、どんな表情で言ったのかは分からない。けれど、蔑む様な声色でなかった事は確かだ。耳元で不規則に吐かれる息は、震えていた。
世界がわすれていったきずあと 100227
title by 幸福