人生有り得ない事なんて無い。でもそれにも限度ってもんがあるだろう。実際に起こるまではそれが幸か不幸かも分からないし、不幸ならば自分に降り掛かる事だけは回避したい。自分が一番可愛いと思うのは人間的に間違っていないと思うし、誰しもそんなものだ。だが、大切な人には幸せな道を歩んで欲しいと思うのも、人間的に間違ってはいないだろう。自分の幸せを捨ててでも、彼女が幸せに暮らせるのなら、それで良い。私の中ではそれが一番で、絶対なんだ。

「随分としけた面してるね。」

「死んで下さい。」

「…会って早々言う台詞じゃないと思うんだけど。」

冷たいなあ、と言うこいつの視線の方が、私の言葉より数倍は冷たさを孕んでいるだろう。陶器の様に滑らかで健康的な白い肌、異常な程に整った顔立ち。眉目秀麗と云う四字熟語を体現した様な顔に、心の内が全く見えない笑みを張り付けている。何時何処で見てもこの世のものとは思えない不気味さを醸し出していて、今直ぐこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られるが、逃げても無駄だと心のどこかで理解しているのだ。

「沙樹ちゃんの事、本当に良かったのかい?」

「あんたには関係無い。」

「紀田正臣君が彼女を幸せに出来るとは限らないのに。」

「黙れ。」

そんな事は、自分でも分かり切っているのだ。女好きでナンパ好きの彼は、彼女を不幸に追い遣ってしまうのではないか。それでも、彼女は彼を信じたいと言った。そんな彼女が信じた彼を、私も信じようと心に決めたのだ。以前にも彼は、彼女と付き合い始めて他の女に目を向ける事を止めた時があったのだから、今度こそ沙樹を幸せにしてくれると踏んでの事。まあそれよりも何より、私は彼女にとことん甘いから、お願いされれば断れない。勿論、彼女が幸せになる事前提なのだが。

「君って沙樹ちゃんの幸せしか考えてないよね。」

「沙樹の幸せが私の幸せよ。悪い?」

「悪いとは言ってないけど…愚かしいとは思うよ。」

見下す様に嘲笑うこいつを目にし、私は苛々して眉を顰める。こいつに愚弄される謂れは無い。わざわざ平和島静雄にちょっかいを出すこいつの方が余っ程愚かではないか。

「どうしてだ、って顔だね。これは沙樹ちゃんから聞いた話だから怒らないで聞いてよ?彼女、君の事をずっと心配してたんだよ。君が自分の存在に縛られているから、君自身の幸せを放棄してしまうんじゃないかって。」

「…何、それ…。」

「だから、彼女は池袋を去った。」

いなくなる最後まで、彼女は幸せになって、と私に言い聞かせていた。メールアドレスも電話番号も教えて貰って毎日の様に連絡しているが、柔らかい言葉で返信をしながらも、彼女はずっと私が沙樹から自立するのを待っていたのか。親離れが出来ない子供の様に、私は彼女に縋っていた?沙樹を守っている様な気になって、ずっと彼女の自由を奪っていたのかも知れない。これでは、まるで。

「結局さ、君が彼女を縛ってたんじゃない?」

指されたくなかった図星を指され、頭に強く殴られた様な衝撃が走った。私が彼女を束縛していたなんて。にやりと口角を上げたこいつは、呆然としている私の表情を目視して楽しんでいるのだろう。悔しい、こんな最低最悪な奴に私と沙樹の関係を全て悟られてしまうなんて。眼光鋭く睨み付ければ、奴は満足そうに、面白そうに笑みを深くする。

「俺が君を幸せにしてあげようか?」

「死んでも嫌だ。」

本当に、有り得ない。うざったいこいつの存在が。何より、自分の馬鹿さが。だが、それでも私は彼女と連絡を取る事を止めないだろう。同じ空の下で繋がっているなんて言葉、私は信じない。出来るなら少しずつでも、彼女の負担が軽くなる様に、頻度を減らして行ければ良いと願った。



きっと空はいくつか在って 100409
title by 花洩
寧ろ沙樹ちゃん夢。
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