私が思うに、人生を謳歌する事程難しい事はないんじゃないだろうか。有り触れた日常とは、何の彩りもない不変だらけの毎日。何の変哲もない日々を、どこかで詰まらないと思う自分がいた。普通に暮らせる事が一番幸せなのだと言い聞かせて、毎日を過ごす。そんな生活の中、幸せってものが何なのか分からなくなって、全ての感覚が麻痺してしまった様な気がする。苦痛でもなくて嫌いでもない。何の不自由もない生活を送れている。それでも、普通と云う言葉に縛られている様な気がした。

「つくづく贅沢だよねえ、君って。」

「こんなに贅沢じゃなかったら、あなたなんかに近付きませんよ。」

それもそうか、なんて同意して喉の奥でクツクツと笑う臨也さん。彼はこんな私を快く迎え、側に置いていてくれる。私のたった一人の理解者と言える彼の隣は、矢張りたった一つの安らげる空間で、幸せと云う言葉を実感出来るのだ。家族でも友達でも恋人でもないこの距離感が私を落ち着かせてくれて、同時にそれがもどかしくもある。

「どうしたの?そんな顔して。」

「…私どんな顔してますか?」

「悲しそうな顔。」

そんな顔してるつもりないのに。感情表現に乏しい私のちょっとした変化でさえ読み取ってしまう臨也さんは、優しくてとても残酷な人だ。私の僅かな変化も見逃さず気に掛けてくれて、だからこそ自惚れてしまう。

「…臨也さんといるとおかしくなりそうです。」

「おかしくなれば良いんじゃない?」

私の気持ちを見透かしてニヤニヤと意地の悪い笑みを湛えるだけの臨也さんは、確実にこの駆け引き染みた遣り取りを愉しんでいる。私に勝ち目がない事は分かり切っているのに、試す様な態度を取るのは狡いんじゃないだろうか。

「幾らでもおかしくなりなよ。俺が受け止めてあげるから。」

優しい低音で言われたら、適わないのに。そうして私は今日も彼の優しさに甘えて身を預けるのだ。



融かされない距離 100326
title by 亡霊
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