休日の池袋は兎に角人でごった返している。人込みが余り好きではない私は、うんざりとした表情でこの街を歩いているのだろう。池袋に初めて足を踏み入れた時は、大層目を輝かせて何もかもに物珍しそうな視線を向けていたものだ。勿論、この人込みにも最初は煩わしさなど感じなかった。あの頃は見るもの全てがキラキラしていて、私はもっと生き生きしていたから。この街の外観は、もう私と云う存在から新鮮みを奪い日常茶飯になった。それでも裏側にはまだまだ私の興味を惹く事柄が有るから、此処を離れる事が出来ない。そんな私の思考に影を差す様に、背後から伸びる冷えた手が視界を遮った。

「だーれだ。」

「わあ変態だー。」

背に密着した体を肘で思い切り突けば、相手はぐえっと蛙が潰れた様な声を上げた。光を遮る手と密着した体が離れたので、仕様が無しに振り返れば、腹を抱えて蹲る見知った男の姿がある。

「ひ、肘鉄は酷くない?」

「何で此処にいんの。」

「君がいるからに決まってるだろ?」

「何それ怖い。」

表情には苦悶を浮かべていた筈なのに、直ぐに復活したのか無駄に爽やかな笑みを浮かべている。そんな然も当たり前かの様に言われても…。この男は、何時の間にやら情報屋からストーカーに成り下がったらしい。私ならそんな転職は御免だ。あ、職じゃなくて趣味か。眉を寄せ体を退いて、嫌悪感を全身で表したにも関わらず、立ち上がった男はずいずい距離を詰めて来る。

「何で逃げるのかなあ?」

「身の危険を感じるからかな。」

まさか折原臨也が池袋に来ているとは思わなかった。来ていたとしても、平和島静雄が真っ先に駆除していると思って油断していただろうし、この人込みで私を見付けるだなんて思いもしなかっただろう。何故だか私はこの男に興味を抱かれていて、私もこの男に興味を抱いている。だが、だからと言ってこんな奇妙な男に好きで近付こうとは思わない。折原臨也は危険だと、私の本能が告げている。この街の闇そのものと言っても良い存在だ。これ以上退いても無駄に終わるだろうと思い立ち止まると、折原臨也も静止した。この微妙な距離が嫌に気になって仕方がない。

「別に君を傷付けたりしないよ?」

「信用出来ると思う?」

「えー、信用してよ。君にナイフ突き付けた事なんてないでしょ?」

確かに、この男に会った時は何時も他愛のない話をするばかりで、一方的に私が敵視しているだけかも知れない。とは言っても、信用するのは気が引ける。第一、私はこの男が好けない。常に胡散臭い笑みを口元に浮かべていて、思考が全然読めない。

「…あんた何がしたいの?」

「俺はただ君と話したいだけ。」

「嘘臭い。」

「…じゃあどうしたら信じてくれるの?」

何か目的があるのだろうとばっさり切り捨てれば、困った様に苦笑された。その表情と疑問にちょっとした罪悪感を感じ、私は頭を捻る。少々悩んだ結果、矢張りこの男を満足させる様な答えは見付からない。このままでは可哀想な気もするし、罪悪感も募るばかりだ。詰まりは答えを出さざるを得ない。余り関わりたいとは思わないが、この際仕方ない、か。がしっと折原臨也の手を掴んで、外方を向きながら振り回す。…別に照れ隠しなんかじゃない。

「え、何。何なの?」

ちらっと男の顔を覗き見ると間抜けな表情をしていて、ついつい笑ってしまった。何か、こいつ可愛いかも。この男の胡散臭い笑みは好きじゃないけど、素の表情なら好感を持てる気がする。何も言わず笑っている私に、訝って眉を歪めている男。何とも言えない構図が出来上がったが、これから少しずつ日常に溶け込んで行ったら面白いと思った。



だからうんまあつまりそういうこと 100321
title by 花洩
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テーマ「人外ファンタジー」
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